第1章 旅立ち
母の言葉は、私の耳に届く前に、ぐぢゃりと肉が潰れる音に掻き消されてしまった。
次の瞬間、視界いっぱいに広がった光景に、私は目を疑う。
「え……?」
さっきまで母が居たはずの地面には、真っ赤な血液と肉塊が飛び散っていた。
それをべちゃべちゃと楽しそうに捏ねているのは───
「あーあ。縛りを結ぶまで、殺す気はなかったんだけどなぁ」
ぎゅる、と何かに吸い込まれるように“ソレ”は消える。
母の血は雨に滲み、細い流れになって、ゆっくりと私の足元へと近づいてきた。
私はそれをじっと見つめたまま、問いかけるように、ぽつりと呟く。
「お、かあ……さんは、?」
「ああ、殺したよ。……全く、これじゃ縛りが結べないじゃないか」
「こ、ろ……し?」
「殺した」。
その言葉の意味を、理解したくなくて、頭の中が真っ白になる。
目の前で溜息をつく夏油さんは、何でもないことのように「どうしようか」なんて呟きながら、自分の顎に指を添えていた。
その姿を見上げたまま、私はカチカチと歯を鳴らしていた。
震える私を見下ろして、夏油さんはふと何かを思いついたように言う。
「……そうだ。脅威になってしまう前に、君も殺そう」
そう言って、私の顔に手を伸ばしてくる。
迫ってくる大きな手。
それは私の顔を覆うには十分すぎて、その掌だけで視界が塞がれてしまった。
「おやすみ。君と素敵な世界を見たかったよ」
ぴと、と指先が私の頬に触れ、夏油さんはそう告げる。
ああ、私、死ぬんだな。
折角、頑張ったのに。
みんなのために、頑張って祓ってきたのに。
でも結局、何も守れなかった。
人ひとり。
唯一生き残ってくれた母さえも、目の前で。
(死ねば、皆に会えるかな)
そう思って私はゆっくりと目を閉じる。
滲んだ涙が、頬を伝って零れ落ちた。
─────そのまま、わたしの意識は闇に沈んでいった。