第9章 愛する覚悟
俺がどれだけ足掻こうと、手の中にある資料の文字は消えない。
ナマエがその身に背負わされた呪いは、
俺がどれほど自分の命を削ろうが、血を流そうが、引き剥がせるものじゃない。
その残酷な現実が、ゆっくりと俺の首を締め上げてくる。
「恵にこれを言ったのは、聞きたいことがあったからなんだよね」
そう言った五条さんは目元にかかったサングラスを外し───その奥の瞳を俺へと向けた。
「これを聞いてなお、お前がナマエを愛せるのか───ま、その顔見りゃ答えは分かりきってるか」
そんなこと、問われるまでもない。
愛せるかどうかなんて、そんな生温かい言葉で片付けられるほど、この気持ちは柔くない。
「……俺は、アイツが人間だから好きになったわけじゃない」
絞り出した声は自分でも驚くほど低く、震えていた。
指先は資料の角を食い込むほどに握りしめ、指先が白くなる。
俺を見下ろす五条さんの蒼い瞳に歯向かうように、俺は資料から顔を上げ、逃げることなくその瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「この世で一番笑っていてほしいと思った。……それを守りたいと思った…だから、」
受肉体だろうが何だろうが、そんなことは関係ない。
俺にとってナマエは、陰気な俺の日常に光を灯した、代わりの利かない存在なのだ。
「……俺は、何があっても、アイツが幸せになれるように見守ります」
その選択が地獄行きだとしても、ナマエのためなら喜んで堕ちてやる。
アイツが助けを求める人間すべてを救おうとするならば、救えなかった命を見て心をすり減らすことがないように。
───少しでも多くの善人が、アイツから与えられる平等を享受できるように。
ナマエの光の影で、俺は、不平等に命を選別する。
「いい顔出来んじゃん」
五条さんは、俺の覚悟を射抜くような鋭い視線を向けたあと、ふっと口角を歪めて俺の頭をくしゃりと撫でた。