第3章 交錯する想い
◆
翌朝。
いつもよりずっと重たい瞼を擦りながら、私は静かなリビングへ向かった。
昨日は部屋に戻った途端、堪えていたものが一気に溢れて、止まらなくなった。
そして理由を言葉にする余裕もないまま、涙に疲れて、夕食も作らずそのまま眠ってしまった。
五条さんに謝らなければ。
恵くんとも、ちゃんと話さなければ。
そんな義務感と憂鬱を胸に抱えたまま、朝日が昇る前の時間に起きたのに。
「……居ない」
キッチンにも、ソファにも、気配はない。
五条さんの部屋、洗面所、お手洗い——どこにもいなかった。
最後にもう一度リビングを見渡して、ようやく気づいた。
テーブルの上に、白い紙が一枚置かれている。
置き手紙だ。
指先でそれを手に取り、息を整えてから目を落とす。
"へ。
急遽任務が入ったから、今日はそのまま出張に向かうね。
冷蔵庫にケーキあるから、好きなだけ食べていいよ。
愛しの五条さんより♡"
胸の奥が、きゅっと縮む。
寂しさと同時に、ふっと肩の力が抜けた。
——安堵してしまった自分が、少し嫌だった。
きっと五条さんは、夜蛾さんからあの話を聞いている。
だからこそ、お祝いのつもりでケーキを買ってきてくれたのだろう。
わかっている。
それが、五条さんなりの優しさだということも。
でも——。
正直、まだ気持ちは何ひとつ整理できていない。
もし今、あの話を笑顔で振られていたら。
きっと私は、感情を抑えきれなかった。
「……ごめんなさい」
声に出した瞬間、喉が詰まる。
「こんな……ダメな子で、ごめんなさい……っ」
達筆な文字を、指でなぞる。
その動きに釣られるように、ぽた、と涙が落ちて、インクを滲ませた。
——ああ、せっかくのお手紙が。
視界が歪んだまま、力が抜けて、崩れ落ちるように床へ座り込む。
手紙を胸に抱いたまま、どれくらいの時間が過ぎたのかも分からない。
「……」
窓の外で、ぽつり、と音がした。
次第にそれは重なって、
やがて、はっきりとした雨音になる。
まだ明けきらない空の下、空模様は私の心を映したように暗かった。