第2章 わるいこ
糸を操っていた指先に、遅れて震えが走る。
呼吸が浅かったことに気づき、私は小さく息を吸い直した。
「………………助かった」
静寂を終わらせる伏黒くんの声は吐息のようだった。
背を向けたまま零れたその一言は、風に紛れれば消えてしまいそうなくらい、かすかで。
それでも、はっきりと私の耳に届いた。
「え……。え!?」
思わず裏返った声が、自分でも情けないくらい大きく響いた。
聞き間違いかと思って伏黒くんを見ると、彼は視線を合わせようとせず、少しだけ俯いている。
「お前がいなかったら、たぶん、負けてた」
淡々とした言い方なのに、その言葉は胸の奥へまっすぐ落ちてきた。
胸が、じん、と熱くなる。
心臓の鼓動が一拍遅れて強くなり、喉の奥がきゅっと詰まる。
嬉しい、なんて単純な言葉じゃ追いつかなくて、どう反応していいのか分からない。
「そんなことないよ。伏黒くん、頭良さそうだから、私が居なくても何とか────」
言いかけた言葉は、途中で喉に引っかかった。
否定しきれない事実と、素直に受け取ってしまいそうな自分の気持ちに、少し戸惑う。
視線を泳がせて、誤魔化すように言葉を継いだ。
「や、やっぱり今日は私のお陰ってことに……しとこう、かな」
「なんだそれ」
呆れたような声だったけれど、
伏黒くんの表情を盗み見ると——ほんの少しだけ、口角が上がっていた。
それを見た瞬間、胸の奥がふっと軽くなる。
——ちゃんと、役に立てたんだ。
そう思えたことが、何より嬉しい。
胸の奥に広がる温もりに、つられるように私まで口角が緩んだ。
そのまま、ほんの一瞬だけ気が緩む。
張り詰めていた肩から力が抜け、戦いの余韻が遅れて身体に染みてきた、その時だった。
────ドサッ
鈍い音がして、淡い夢心地から一気に意識が引き戻される。
目の前には、崩れ落ちるように倒れ込む伏黒くんの姿があった。