第2章 わるいこ
呪霊の腕が振り下ろされる寸前。
空気が重く沈み、視界の端で伏黒くんの身体がわずかに強張るのが分かった。
「……っ!」
「大丈夫だよ。私がちゃんと、サポートするから」
言葉と同時に、身体が勝手に動いていた。
私は反射的に伏黒くんの前へ出て、術式を発動させる。
足元、そして手首から服の裾がほつれ、一本、また一本と糸になって宙へ舞い上がった。
繊維一本一本に呪力を流し込み、指先の感覚だけでそれらを操る。
神経を研ぎ澄ませるたび、世界が少しだけ静かになる。
空気を裂くように糸が走り、呪霊の腕、胴、脚へと絡みつく。
絶対に逃がさない。締め上げる力を微調整しながら、動きを完全に封じる。
やがてそれは、呪霊の身体を縛り上げ、一切の自由を奪う蜘蛛の巣となった。
「伏黒くん、今だよ……!」
「……玉犬ッ、」
合図に応えるように、黒い犬が跳ぶ。
鋭い牙が呪霊の脚に食い込み、ブチブチ、と嫌な音を立てながら肉を噛みちぎった。
「わ、……ぁ、食べるんだ……?」
内心の動揺を悟られないように、口元に無理やり笑みを浮かべた。
引きつったその笑顔がどう見えているかなんて、考えないようにして。
「……」
「ふぅ…」
呪霊が完全に動かなくなり、張り詰めていた空気が、ゆっくりと解けていく。
さっきまで耳を刺していた呪力のざわめきが嘘みたいに消えて、代わりに、静寂だけがその場に降り積もった。