第2章 わるいこ
「五条さん、おはようございます」
「おはよ〜」
フロアの奥から現れた伊地知さんは、少しだけ背筋を伸ばしてこちらへ歩いてきた。
それに対して五条さんは、いつも通り気の抜けた調子で片手を振る。
「ほれ、2人共。行くよ」
そう言うと五条さんは踵を返し、エレベーターとは反対側——建物の外へと続く通路へ向かった。
私と伏黒くんもその背中を追う。
自動で開くドアに感動しながら間を抜けると、ひんやりとした外気が頬に触れた。
建物の前には黒い車が一台停まっていて、伊地知さんが慣れた様子で運転席へ回る。
「それでは、本日伏黒くんへ当てられた任務に関して軽く説明させていただきますね」
後部座席に乗り込むと、車内は静かで、エンジン音だけが低く響いていた。
シートに身体を預けながら、私は膝の上で指を組む。
「本日の任務は四級術師が30分ほどで片付けられる任務です。伏黒くんの実力があれば、直ぐに任務を終えられるでしょう」
バックミラー越しに伊地知さんが伏黒くんへ微笑みかける。
けれど伏黒くんは、窓の外へ視線を向けたまま、何の反応も示さない。
その沈黙に、伊地知さんの表情がわずかに強張るのが分かって、胸の奥がそわそわした。
「あっ、あの!わたし、は、伏黒くんのサポートをすればいいですか?」
走り出した車の振動に合わせて、声が少しだけ揺れる。
伏黒くんの横顔を盗み見るようにしながら、返事を待った。
「いらない。一人でやる」
即答だった。
その冷たい言葉が、静かな車内に落ちて、逃げ場なく胸に響く。
「でも、人数は多いに越したことないよ。呪霊との戦いは、何があるかわからないし……」
「いらないって言ってるだろ」
ぴしゃり、と会話を断ち切るような声音。
私は無意識に膝の上の手を握りしめる。
(……そんな言い方、しなくてもいいのに)
窓の外を流れる景色を見つめながら、胸の奥に小さな棘が立つ。
役に立ちたいだけなのに——そう思うと、少しムッとした気持ちが湧き上がった。
「ま、その辺は着いてから話せば?てことで伊地知、GO」
「はっ、はい……」
五条さんの軽い一声で、車は速度を上げる。
私は小さく息を吐き、隣に座る伏黒くんの横顔を、気づかれないようにそっと見つめた。