第1章 旅立ち
忘れていた瞬きを何度も繰り返し、私は夏油さんの向こう側へと視線を向ける。
彼の横をすり抜けるようにして、ふらふらと近づいてくる一つの影。
その女性は、私の姿を捉えた瞬間、ふわりと暖かな笑みを浮かべて手を伸ばした。
「よか、った……」
「……お、かあ、さん」
髪の色も、瞳の色も、私とは違う。
それでも——間違いなく、彼女は私の母だった。
私もまた、その手を掴もうと腕を伸ばす。
ツン、と指先が触れ、やがて手のひら同士が重なった。
「生きてて……よか、った……」
「おかあさん、みんなは……?」
「貴女は、何も気にしなくていいの。貴女さえ生きていれば、何もかも上手くいく……」
くい、と優しく腕を引かれ、私は母の胸に顔を埋めた。
「……わたし、がんばった?」
「ええ、とても」
「みんな…、死んじゃった…」
「大丈夫、大丈夫よ。貴女の力があれば、なんとだってなるわ」
ぎゅう、と私の小さい体を包み込むように、母は腕に力を込める。
とんとん、とあやすみたいに背中を叩かれて、その規則的な感触に、強張っていた心が少しずつ解けていった。
溜め込んでいた恐怖が一気に溢れ出して、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。
「貴女が、この子のお母さんですか」
「っ…、」
母との暖かな時間に、水を差すような声。
さっきの男の人───夏油傑だった。
彼は私の背後から母を見下ろし、落ち着いた低い声で「初めまして」と告げる。
「……っ貴方が、」
「ええ、はい。私が、」
母の胸に顔を埋めていたせいで、夏油さんの表情は見えない。
それでも、その声音から、口角がゆっくりと吊り上がっていくのが何となく分かった。
「"アレ"の封印を解きましたよ。」
その行為がどれほどこの世に厄災を招くものなのか、この頃の私には分からなかった。
母は唇を強く噛み締め、「……どうして、」と小さく呟きながら、夏油さんを睨み上げる。
「どうして?どうして、か…。はは、それはね」
「っ…!?」
「君たちのような猿を、この世から消すためだよ」
「っンぐ……ぅ、」
「…!!おかあさ…!」
さっきまで私を強く抱きしめていた腕の力が、不意に抜ける。
ふわりと母の身体が浮き上がり、足先が宙で頼りなく揺れた。