第9章 愛する覚悟
恵くんはこくんと小さく頷いた後、
私の頭を壊れ物に触れるような手つきで緩く撫でた。
「……ナマエ、」
「なぁに?」
縋るようなその声に答えて微笑めば、
恵くんの指先が私の耳にかかった眼鏡に触れ、そっと透明な境界が取り払われた。
遮るもののなくなった視界に、恵くんの端正な顔がゆっくりと、熱を帯びて近づいてくる。
それを受け入れるように目を閉じれば、橙色に染まる教室の中で、私たちの唇が重なった。
「……んっ、…」
静まり返った教室内で、お互いの熱を分け合うように唇を重ね合う。
いつだって、恵くんとこうして愛を確かめ合っている間だけは、何もかも柔らかな幸せで上書きされていく。
「…っ、めぐみくん、そろそろ───っ、」
早く行かなきゃ、五条さんたちが待ってる。
理性がそう囁くのに、それを拒むように再び唇を塞がれたら、もう指先ひとつ動かせない。
恵くんが私を必要としてくれるなら、このままここで一緒に消えてしまいたい。
そんな身勝手な願いさえよぎってしまう。
(……大好き。だから───恵くんだけは、死なせない)
そのためなら、私はなんだって差し出せる。
───私の身体も、魂も、未来さえも、すべて。
だからどうか、願わくば、
この過酷な道の先に、今日のような穏やかで優しい日常が、もう一度私たちに訪れますように。
溶け合う熱に身を任せながら、私は心の中で、どこにいるかも分からない神様にそう願った。