第9章 愛する覚悟
鞄を持ち上げて、机上の、その滑らかな木目を慈しむように指先でなぞる。
(………お世話になりました)
心の中で深く感謝を唱えた。
この学校で過ごしたのは、わずか一年ほど。
けれど、ここは恵くんと私、────そして、今は眠り続ける津美紀ちゃんを育ててくれた、大切な居場所だったから。
「……よし。行こっか、恵くん!」
肺の奥に溜まっていた重苦しい感情を、長い吐息と共に全て吐き出す。
そして決意を固めて振り返ると、
窓から差し込む夕日を背負った恵くんが、私の顔をじっと見つめた後、耐えかねたように俯いた。
「どうしたの…?寂しくなった?」
「……いや、そうじゃねえ」
慌てて駆け寄り覗き込むようにして下から顔を見上げると、恵くんは長い睫毛を伏せ、微かに首を横に振った。
「……大丈夫だよ。此処を出ても、私たちはずっと一緒でしょ?」
それも全寮制になるのだから、物理的な距離は今までよりもずっと近くなる。
任務がない時は、会いたい時に会えるようになる。
だから心配する必要なんて、どこにもないはずなのに。
「…どうして、そんな顔してるの?」
「………」
見上げた恵くんの表情は、私の胸を抉るほどに悲しみに沈んでいた。
自然と、私の指先が彼の頬へと伸びる。
恵くんの瞳は光差す未来なんて見えていないみたいに濁って、その瞳孔には私だけが映っていた。
「高専で情報を集めて、……二人で、津美紀ちゃんの呪いを解こう?」
「っ、」
津美紀ちゃんの名前を口にした瞬間、恵くんの瞳に、ほんの少しだけ光が灯る。
それを見て、心の片隅で微かな嫉妬が疼いた。
けれど同時に、
津美紀ちゃんという存在だけが、恵くんをこの世に繋ぎ止める"光"でいてくれることに、言いようのない安堵を覚える。
「……絶対、大丈夫だから。…ね?」
恵くんに、そして自分自身に言い聞かせるように呟いて、ツンと跳ねた恵くんの柔らかな髪を、宥めるように優しく撫でた。