第9章 愛する覚悟
「読んでもらった通り、ナマエは受肉体らしい」
五条さんの淡々とした言葉が車内で反響し、奥歯がミシリと鳴った。
アイツの自己犠牲の精神は、物心ついた頃から備わっていたものじゃない。
───"産まれる前"から、アイツは誰かの身代わりとして生かされてきたんだ。
喉の奥が引き攣り、怒りと悲鳴が混ざり合って言葉にならない。
ただ、手元の資料を握る指に、骨が軋むほどの力だけが籠もった。
「優しい子だよね。母親が受けるべき呪いを、お腹の中で背負うなんて。…きっと僕でもできないよ」
五条さんの声には、同情の色も、哀れみの色も、一切含まれていなかった。
その無機質な優しさが、今の俺には何よりも残酷に響く。
俺が惹かれたナマエの優しさが、誰かに利用され、搾取されるための"道具"でしかなかったと言われているようで。
「……アイツは、産まれる前から呪われてたってことですか」
「そうだね。そもそも、あの子が生まれた故郷自体、悪習だらけの因習村だから」
どうして、この世界は善人ばかりを呪うんだ。
自分たちの欲望を満たすため、人の優しさに付け入り、押し付け、汚し尽くす。
そんな連中がのうのうと呼吸しているその下で、ナマエみたいな善人が、どうしてここまで苦しめられなきゃならない。
「受肉体を人間に戻す方法とか、ないんですか」
俺は喉から絞り出すように、最後の一縷の希望を込めて問いかけた。
けれど。
「無い」
あまりの即答に、心臓が凍りつく。
……分かっていた。
俺に言われるまでもなく、五条さんがその可能性を探していたことなんて。
だからこその即答だ。
それでも、ほんの少しの可能性を、俺はまだ手放したくなかった。