第8章 百鬼夜行の、その最中※
恵くんの心音を聞いているうちに、つられるみたいに私の鼓動まで少しずつ速くなっていく。
胸に額を預けたまま身じろぎすると、
私の髪先が首元をかすめたのか、くすぐったそうに恵くんの肩が揺れた。
「……じっとしてろ」
小さく落とされた声は明らかに不機嫌なのに、私の腰に回された腕は離れない。
言いつけを破ってそっと顔を上げると、恵くんは露骨に嫌そうな顔をして、わざと視線を逸らしている。
頑なで、分かりやすくて──それがどうしようもなく愛おしい。
「こっち、みて」
「……嫌だ」
「じゃあ……私のこと好きなら、こっちみて」
服の裾をきゅっと掴んでそう言うと、少し間を置いてから、ゆっくり、ぎこちなく視線が戻ってきた。
「好きなんだ」
「……じゃなきゃ此処に居ねえだろ」
その答えを胸の奥でそっと噛みしめながら、私は恵くんの額に自分の額を重ねた。
こつ、と骨が触れ合うかすかな衝撃。
近すぎる距離に互いの熱い吐息が混ざり合い、静まり返った部屋の空気に溶け出していく。
焦らすみたいに、ほんの少しずつ距離を詰めると、恵くんの目が困ったように細められた。
「待──っ、」
制止の声ごと飲み込むように唇を塞げば、恵くんの身体が強張る。
その緊張ごと解すように舌を差し込めば、
すぐに恵くんの舌が応えるように絡みついてきて、弾けた心臓が痛いほど胸を叩いた。
四度目。でも、五ヶ月ぶり。
やっと、触れられた。
ずっと欲しかった距離に、ようやく戻れた気がした。
「ん……ちゅ、ん」
「っ…、」
首に腕を回して引き寄せれば、少し遅れて、恵くんの腕も私の背中に回される。
それからは、溜め込んでいた想いを吐き出すように、貪るように彼の唇を食んだ。
本当は今日、目が合った瞬間から、ずっとこうして欲しかった。
だけどずっと何か思い詰めた顔をしていたから、言うに言えなくて。
だから、キスシーンのある映画を選んでみたり、寝たフリをして肩に寄りかかってみたり。
気づいて、と祈るように色々試したけれど、その度に恵くんが私に触れることはなかった。