第8章 百鬼夜行の、その最中※
恵くんは栞の挟まったページを静かに開き、月明かりの中 淡々と文字を追い始める。
静かな部屋に、本のページをめくる微かな音だけが落ち始めた。
「……目、悪くなっちゃうよ」
「別に、今日だけなら大丈夫だろ」
そう返されても、恵くんの視線は一度もこちらに向かない。
本の向こう側に、薄い壁が作られたみたいだった。
────まただ。
……また、恵くんが私を遠ざけてる。
分かってる。
ここで我儘を言わずに、大人しくベッドに入るのが正解で、それが恵くんにとって一番楽で、嬉しい選択だってことも。
それでも、今日くらいは。
そう決めて、震える手でそっと恵くんの髪を梳く。
指先が触れた瞬間、視線が本から私へと移った。
「………オイ、」
こうなることを全部分かっててやったのに、
向けられたその目が少しだけ咎めるようにも見えて、思わず息を呑む。
「めぐみくん、」
不安をそのまま伝えるように、小さな声で名前を呼ぶと、恵くんの喉がこくりと鳴った。
まるで今から私が何を言うか分かっているみたいに、逸らされそうになった視線を、頬に手を添えて引き止めた。
「……今日も、触ってくれないの」
私の問いかけに、恵くんの目が大きく見開かれた。
一瞬の沈黙が落ちて、その隙に、私は彼の手から静かに本を取り上げる。
抵抗はなく、そのまま足の上に跨がると、組まれていた脚がほどけた。
それだけで受け入れられたような気がして、胸の奥が少しだけ緩む。
「頼むから、…先に寝てくれ」
「一緒に寝たいって、言ったでしょ」
「………」
「やっぱり、覚えてたんだ」
そんな小さなやり取りを交わした後、私は目の前の広い胸の中に頭を埋めた。
体温がじんわり滲むそこからは、ドクドクと鳴る心音がダイレクトに伝わってくる。
「本、読まないの?」
「………お前が取り上げたんだろ」
「そうだった」
淡白に返すと、細長い息がひとつ吐き出される。
それでも心臓の音は鳴り止まず、分かりやすく突き放されることもなかった。