第8章 百鬼夜行の、その最中※
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恵くんの髪を乾かし終えた私は、さっき恵くんがしていたのと同じように、温もりの残るコードを指に絡めながらドライヤーを片づけていた。
途中、船を漕ぐみたいに何度も頭が前に落ちかけていた恵くんがあまりにも可愛くて、思わず声を漏らしそうになった。
それを必死に堪えきった自分を、私は何度も心の中で褒めた。
「……ナマエ」
「……わっ、」
引き出しにドライヤーを戻し、ソファへ戻ろうと身体を反転させた、その瞬間。
背後から大きな影が覆い被さるように近づいてきて、その距離の近さに、身体が一瞬こわばる。
「あ、ぇ、どうしたの?眠い?」
そっと顔を見上げると、虚ろな瞳の恵くんはこくんと首を縦に振った。
何となく、恵くんは今日はずっと気を張っていた気がする。
それが今になって疲れとして出たのだろう。
「じゃあ、寝よっか」
「………ああ、」
目を擦りながらそう答えた恵くんは、私の手首を取ると、そのまま自分の鞄も掴んで廊下へ向かった。
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私の部屋に恵くんを招くのは、これが初めてだった。
でも、恵くんが眠気に飲まれているおかげで、変に意識しすぎずに済んでいる。
白で揃えた家具と、必要最低限のものだけが置かれた室内。
灯りを点けた瞬間。
恵くんが反射的に目をきつく閉じたのが見えて、私は慌ててスイッチを切った。
「ごめん、眩しかった?」
「……いや、逆に目が冴えて助かった」
「え、なんで?」
寝るために来たんじゃなかったの?
そう思って浮かんだ疑問は、恵くんの手が頭に触れたことで、あっさり押し戻される。
くしゃり、と優しく撫でられたら、それ以上何も言えなくなった。
「ベッド、いかないの?」
部屋は真っ暗で、物の輪郭だけがぼんやり浮かんでいる。
そんな中、恵くんは鞄から一冊の本を取り出し、迷いなくデスクチェアに腰を下ろした。
いつものルーティンなのか、それともまた別の理由があるのか。
どちらにせよ、数十分前に「一緒に寝たい」と呟いた私の気持ちが置き去りにされたみたいで、胸の奥が少しだけ冷える。
「俺は本読んでから寝る。先に寝てろ」
「………」
そう言い切った恵くんは、もうこちらを見ていなかった。