第8章 百鬼夜行の、その最中※
微睡みかけていた意識が、脱衣所の扉が開く音でゆっくり引き戻された。
暫くして、廊下から足音が近づく気配に、私の全身を包む玉犬のしっぽが大きく左右に揺れる。
「ナマエ」
不意に背後から名前を呼ばれ振り返ると、
濡れた髪をタオルで無造作に拭きながら立っている恵くんがいた。
湯気を纏ったままの姿が新鮮で、
さっきまでとは少し違う人みたいに見えてしまう。
「……戻れ」
恵くんはちらりとテーブルの上に視線をやると、
玉犬たちの頭をそれぞれ撫で、そのまま術式を解いてしまった。
「もうちょっと撫でたかったのに」
「ペットじゃねえっつってんだろ」
素っ気なくそう言って、恵くんはソファに腰を下ろす。
その動きを追いかけるように、私もすぐ隣へ腰を下ろした。
お風呂上がりの恵くんを見るのは、これが初めてだった。
それなのに、五条さんや私と同じ匂いがして。
そのことが妙に嬉しくて、気づけば口角がゆるんでしまう。
「髪、乾かさないの?」
「……そのうち乾く」
ぽた、と雫が落ちて、恵くんの服に小さな染みを作る。
「…乾かしてあげよっか?」
「……」
タオルで隠れた顔を覗き込みながらそう聞くと、一瞬だけ眉間に皺を寄せた恵くんと視線が絡む。
──あ、これ断られるやつだ。
そう思った矢先。
ぽつりと落ちてきたのは、思いもよらない言葉だった。
「………頼む」
「えっ……あ、うん」
予想だにしていなかった返答に、一瞬、頭の中が真っ白になる。
あまりにも歯切れの悪い私の返事に、恵くんの顔がわずかに顰められるのが分かった。
「…やりたくねぇなら聞くなよ」
「いや、そういうわけじゃなくて!」
意外だった、なんて言えば、きっとまたそっぽを向かれる。
そう思って、私はひとまず否定だけを残し、ドライヤーを取りに棚の方へ向かった。
(なんか……今日はやけに素直だなぁ)
いつもの恵くんじゃないみたい。
絶対に見たがない恋愛映画も、私に大人しくお世話されるのも。
「じゃあ、乾かすね」
コンセントにコードを差し込み、恵くんの背後に立ってそう告げる。
すると恵くんは「ん、」と小さく返事をして、
頭に掛けていたタオルを、肩のあたりまでずり下げた。