第8章 百鬼夜行の、その最中※
廊下に落ちた沈黙が長く感じられ、さっきまでの軽口が嘘のように、空気だけが張りつめていた。
「……ま、恵ならいっか」
暫くして、短く息を吐いた五条さんは顔を上げる。
いつもの飄々とした雰囲気を潜め、ほんの少しの重さを宿した目が、まっすぐ俺を捉えていた。
「ナマエの故郷を壊滅させた呪詛師が、新宿と京都で百鬼夜行をするって宣戦布告しに来たんだよね」
「は…?」
淡々とした口調と、告げられた内容の落差に、背筋が冷える。
「で、ナマエが外に出ると街の状況から新宿で何が起こってるかバレる。だから、」
「……別に、バレてもよくないですか」
思わずそう返すと、五条さんはわざとらしく大きな溜め息をついた。
蛍光灯の白い光が、瞬くたびにチカチカと視界を刺す。
廊下の壁に掛けられた時計。
その秒針の音が、やけに耳についた。
「バレたらナマエが新宿に来て、残穢から十中八九"思い出す"けど───オマエはそれでもいいの?」
「……」
そう言われ、ナマエの顔が漠然と脳裏に浮かんだ。
目の前で自分を呪った人間が殺されても、
自分だけが生き残ったことに心を痛めてしまうような奴だ。
だからきっと、その呪詛師に復讐することを望んでいる。
そして、ナマエがそれを望むなら、俺も手を貸すつもりでいた。
────だが、ナマエは今、全てを忘れようとしている。
俺の隣で笑って、生きることを選び、前を向いている。
復讐なんてしなくていい。
過去を振り返らせる必要なんてない。
それを見ないでいられるように、俺があいつの目を塞ぐ────そう、決めただろ。
「分かってくれたみたいで良かったよ」
「……」
喉の奥が、ぐっと詰まる。
結局俺は何も言えないまま、
その場に立ち尽くすことしかできなかった。