第8章 百鬼夜行の、その最中※
そんなやりとりがあったのも、もう2週間以上も前のこと。
あの後。
断る隙もないまま丸め込まれた俺は、
12月24日当日の今日、言われた通りにナマエの住むマンションの前に立っていた。
昼過ぎとはいえ、空気は容赦なく冷たい。
一度息を吐くだけで、白く濁った呼気が視界の端に残る。
ポケットに突っ込んでいた手を引き抜き、指先の感覚を確かめるようにしてから、マフラーの端を引き直す。
そしてそのままエントランスのオートロックに部屋番号を打ち込んだ。
「はーい」
呼出音の後。
少し間を置いて、スピーカー越しに聞き慣れた声が返ってくる。
「俺」
「開けるね」
弾んだ声とほぼ同時に、目の前のガラス扉が静かにスライドした。
エントランスを抜け、そのままエレベーターに乗り込む。
階数表示がひとつずつ増えていくのをぼんやり眺めてから、俺は靴先に視線を落とした。
(テレビとスマホは見させないようにしねえと。
俺の目が離れるときは……玉犬でも出しておくか)
頭の中では、今日一日をどう過ごすか、その段取りばかりを繰り返しなぞっていた。
新宿で何が起きているか、ナマエに気づかれないように。
表情や言動の端から、何かを悟らせないように。
今日という日を、あいつにとってただのクリスマスイブとして終わらせてやるために。
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「恵くん、お誕生日おめでと~!!」
オートロックを抜け、玄関のチャイムを鳴らす。
次の瞬間、開いた扉の隙間からパン、と軽快なクラッカーの音が弾けた。
同時に目に入ったのは、
五条さんの趣味だと一目で分かる、やたらフリルの多いエプロンを身につけたナマエの姿。
「……あれ?びっくりしてない」
「五条さんに聞いてたからな」
「内緒って言ったのに!!」
むっと頬を膨らませる仕草は、怒っているというより拗ねているに近い。
その様子に小さく息を抜きながら、俺は靴を脱いで玄関へ足を踏み入れた。
途端に、甘い匂いがふわりと鼻先をかすめる。
バターと砂糖が溶け合ったような、どこか懐かしくて、部屋全体を包み込む温度のある香りだった。