第6章 堕神※
さっきまで頭の中を占領していたはずの不安や迷いが、急に遠くへ引いていった。
代わりに残ったのは、耳の奥で鳴る自分の鼓動と、近くにいる恵くんの気配だけ。
逃げる必要なんてなかった。
最初から、我慢なんてしなくてよかったんだ。
「…すき、」
胸の奥に溜まっていたものが勝手に溢れ出たように、気がついた時には声が零れていた。
言葉にした途端、抑えていた感情が一気にほどけて、呼吸が追いつかなくなる。
それでも言葉だけじゃ足りなくて。
同じ気持ちだって、ちゃんと伝えたくて。
私はそのまま、目の前の広い胸の中に逃げ込むように顔を埋めた。
「っ、」
恵くんが息を飲む音がハッキリと聞こえる距離。
心臓が壊れそうなほど速く鳴り、触れている場所全部が熱を持って、行動に思考が追いつかなくなっていく。
嬉しくて、苦しくて、幸せで。
このまま消えてしまってもいいと思えてしまうくらい。
「私も、恵くんがだいすき…っ」
「……ちょっと、待て」
不意に肩を掴まれ、優しく、だけど確かに距離を取るみたいに身体を離された。
離れた瞬間、胸に残った温度が名残惜しくて、指先が一瞬だけ宙を彷徨う。
「…嫌、だった?」
「……そうじゃねぇ」
突然の拒絶に不安に揺れた私の瞳が、恵くんの射抜くような、それでいて迷子みたいな瞳に捉えられる。
どこか逃げ場を探すような視線に、胸の奥がざわついた。
「その……なんつーか、お前のソレが俺のと違ったら、かなりヘコむ、から」
「……?違うって、なにが?」
言葉の意味がわからなくて、首が傾いた。
困ったように眉を寄せて囁く姿に、胸の奥に消えたはずの不安が押し寄せてくる。
「私も、恵くんの気配がしたらずっと気になるし、理由がなくても触ってほしい。
……それに、恵くんが他の子に触られてるの見ると、苦しくなっちゃう」
ひとつひとつ、自分の内側をさらけ出すように言葉を重ねると、恵くんの表情が少しずつ安堵の色に緩んでいく。
「この気持ちは、…… 一緒じゃ、ないの?」
「……っ、」
恵くんの肩に回していた手を、熱を持ったその頬へと滑らせる。
触れた瞬間、微かに身じろぎするのが伝わって胸がきゅっと鳴った。