第6章 堕神※
高鳴る心臓を落ち着かせるために深く深呼吸をしてから、居間の扉を開いた。
隙間から中を覗くと、恵くんは既にソファの前に座って、呪力コントロール用のお人形を膝に抱えている。
(………五条さんのせいで、気まずい……)
昨日気づいた──否、気づかされてしまったこの気持ちのせいで、今まで当たり前にできていたことが急に恥ずかしくなってしまう。
現に今、いつもどうやって恵くんの隣まで歩いて、どうやって座っていたかすら思い出せない。
「………オイ。いつまでそこに居んだよ」
額に手を当てて必死に記憶を辿っていると、すぐ近くから冷ややかな声が降ってきた。
弾かれたように視線を上げると、そこには呆れた表情で私を見下ろす恵くんが立っている。
「ご、ごめん……! すぐお茶淹れるね」
「………」
一瞬絡んだ視線を慌てて逸らし、彼の脇を抜けてキッチンへ逃げ込む。
視線が絡むだけで、昨日の事を鮮明に思い出してしまう。
保健室での行為も、空き教室での甘すぎる空気も。……恵くんにとっては、ただ私を慰めるためにやったに過ぎないのに。
───全部、五条さんがヘンな事ばかり言うから。
「ナマエ、」
「あ、映画はね、今日は、もうセットしてるから…っ、」
恵くんの口から紡がれる言葉がどうしようもなく怖くて、それを遮るように話を振って上書きする。
けれど、背後に音もなく立たれた気配に逃げ場のない圧がのしかかり───そのせいで、手元が完全に狂った。
傾けすぎたボトルから琥珀色の液体が溢れ、氷と一緒にグラスの縁を越えてカウンターを濡らしていく。
(……怒られちゃう)
反射的に肩を竦め、身構えた。
けれど、どれだけ待っても鋭い言葉は飛んでこない。
その冷えきった沈黙が、かえって私の焦りを煽る。
「ご、ごめん………。すぐ新しいの、出します、」
少し濡れた服の裾をタオルで押さえながらグラスが置かれた棚へ手を伸ばした、その瞬間──
「俺が取る」
「っ…、」
耳元で囁くように呟かれると同時に
大きな手が私の手を包み込んで、大きく心臓が跳ね上がった。