第5章 オーバーライト※
夕日が赤黒く差し込む教室に、二人の熱い吐息と口内が混ざり合う音だけが低く響く。
数時間前までは俺の舌から逃げ回るように震えていたナマエの舌も、今は自ら縋り付くようにして俺の唾液を絡め取っていた。
「んっ…ぅ、……ぁ」
「…、……」
時折漏れる、熱に浮かされたような甘い声。
無意識であろう その行動が、男の理性をどれだけ簡単に壊すか、コイツはきっと分かっていない。
「は……、」
「…めぐみくん、」
一度だけ唇を離してやると、ナマエは縋るように俺の名を呼ぶ。
それが、保健室で踏みとどまった"その先"へ進んでいい合図のように聞こえて、喉の奥がじり、と焼けた。
「………ナマエ、」
名前を呼んで再び深く唇を重ねれば、ナマエの瞳はうっとりと閉じられ、俺の服を掴む指先に力がこもる。
舌を差し入れ、歯列をなぞり、ナマエの舌を捕まえる。
絡め取るたび、ナマエの身体が小さく震えるのがはっきり分かった。
──全部、俺のものにしたい。
そんな黒い独占欲が、頭の中を塗り潰しかけた、その時だった。
───ガタッ
教室の入口付近から、硬い物が扉に当たったような乾いた音が耳に届く。
反射的に息を止め、ゆっくりと振り返って確認するが、そこにはもう誰もいなかった。
(………逃げられたか)
どうせ、ナマエを引き止めた時に周りにいた誰かが、野次馬根性で後を着いてきていたのだろう。
ナマエを壁に追い詰めるうちに扉へ背を向けていたから、気が付かなかった。
「めぐみくん……」
その声に惹かれて視線を戻すと、ナマエはまだ俺の胸元に手を置いたまま息を整えている。
「今の音───っ、」
その言葉の続きをかき消すように、軽く唇を塞ぐ。
後ろ髪を引かれながらゆっくり唇を離すと、ナマエはまだ状況を飲み込めていない顔で俺を見上げていた。
「……家まで、送る」
それだけ告げてナマエのカバンと手首を強引に掴んだが、驚いたように瞬きをするだけで、抵抗はなされなかった。
夕日が沈みかけた教室を背にして、俺はその手を離さないまま、廊下へ踏み出した。