第5章 オーバーライト※
聞き慣れた声での、聞きなれない敬語。
そのよそよそしさに眉を寄せながら手を差し出すと、ナマエは一瞬だけ目を瞬かせて俺の手を見つめた。
「…いいの?」
「別に、減るもんでもねぇし」
俺がそう言うと、ナマエはおずおずと俺の手を見つめたまま、少し迷うように指先を伸ばしてくる。
そして手が重なると、ナマエはその小さな頭に残る記憶をなぞるようにそっと指を絡めてきた。
「……」
俺の手を凝視して、満足そうにふにゃりと口角を緩めるナマエ。
そんな顔を見せられると、こっちの気が変になってくる。
「………もういいだろ」
むず痒さを誤魔化すようにそう言うと、ナマエの肩がびくりと跳ね、少し遅れて小さく首が縦に揺れた。
「……うん、ありがとう」
そう零して、ナマエは名残惜しそうな顔で指の力を緩める。
指先がするりと抜けていき、俺の手からナマエの体温が消えていく。
促したのは自分だ。
それでも、素直に離れていくその感覚がなぜか少し癪に触った。
「……おい、」
「わっ…!」
喉の奥に湧き出た感情を飲み込むように、軽く息を吸う。
そして離れかけたナマエの腕を掴み、一瞬の躊躇のあと、ぐっと強く引き寄せた。
「ど、どうしたの………??」
勢い余って俺の身体に手をつき、驚いたように、不思議そうにナマエが顔を上げたその瞬間。
夕闇が差し込む教室で、ようやく、ナマエと真っ直ぐに目が合った。