第5章 オーバーライト※
「何も、言わねぇのか」
黙ったまま俯くナマエに影を落として問いかけるが、ナマエは沈黙を貫いている。
…このままここで問答していても、余計な外野が増えて面倒だ。
「……来い」
俺はそれだけ言ってナマエの腕を取り、二年かけて見つけた人通りの少ない空き教室へと半ば強引に連れ込んだ。
中に入ると、空き教室特有の少し埃っぽい匂いが鼻をぬける。
「お、怒ってる…?」
後ろから怯えたような声がかかる。
細くため息を吐きながら振り返ると、眉尻を下げたナマエが俯いていた。
「私、邪魔しちゃった?」
「何でそうなるんだよ」
コイツはさっき保健室であったことを忘れているのか、それともそれを作業だったと飲み込んでいるのか。
どちらにしろ、上書きして塗りつぶしたいと望んでいた俺の気持ちが、コイツには微塵も伝わっていないようで腹が立つ。
「やっぱり怒ってる」
「怒ってねぇよ」
伺うように俺を見上げたあと、ナマエはすぐに視線を逸らして続けた。
「………恵くんは、ああいう子がすきなの?」
「はあ?」
何をどう見てそう勘違いをしたのか、唐突に投げかけられた問いに思わず声が盛れる。
「…趣味じゃねぇ」
「……嘘」
「本当だ」
間髪入れずに否定を重ねたが、ナマエは不服そうに口を尖らせたまま。
「……どうすれば信じるんだよ」
ジリジリと距離を取ろうとするナマエを壁際に追い詰める。
ついに背中が壁に触れたが、ナマエは頑なに視線を逸らしたまま、震える睫毛を伏せていた。
「オイ、無視すんな」
「…………」
片頬を膨らませて、眉間に皺を寄せるナマエ。
今のコイツがどんな感情かなんて、考えるまでもない。
「……私にも、恵くんの手、触らせて…ください」
暫く沈黙が続いたあと、逃げきれないと分かったのか、ナマエが口を開いた。