第5章 オーバーライト※
ほんの一瞬だけ、体育館に静寂が走った。
───その直後。
「ちゃん、大丈夫?!」
「うそ、ごめん!!手元狂った……!!」
「ちょ、鼻血……!誰か、ティッシュ持ってる!?」
「だ、大丈夫……だよ、」
周囲から人が集まってくる気配に包まれながら、鼻先から伝う生温かい感触に気づき、私は慌てて親指を立ててみせた。
「…お前、何やってんだよ」
低く、少しだけ荒れた声に惹かれてゆっくり身体を起こすと、息を切らした恵くんの据わった視線が真正面からぶつかった。
「め、めぐみくん……」
「だから、その露骨に嫌そうな顔やめろ」
コツン、と手刀で額を突かれる。
そんなつもりないのに……と口を尖らせた その拍子に、ぽたりと落ちた赤が、体育館の床に小さな染みを作った。
「わっ……!ごめんなさい、すぐ拭きます、」
「……はぁ」
慌ててしゃがみこみ、体育着の裾で床を擦る。
けれど血は思った以上に広がっていて、拭うたびに赤い筋を伸ばすだけだった。
「さんは保健室に行った方がいいわね。誰か一緒に……」
先生の言葉を聞き終えるより先に、視界がぐっと高くなる。
「…………え、」
膝裏と、首の後ろに伝わる、確かな温もり。
——これは。
「キャーーッ!!!」
「ちょっと待って、お姫様抱っこじゃん!!」
「伏黒、男前すぎ!!」
「誰か写メ!!写メ撮って!!」
「うおー!!青春かよ!!」
一斉に弾ける黄色い歓声。
悲鳴と笑い声、冷やかしが体育館に反響して、さっきまでの静寂が嘘みたいに騒がしくなる。
「……恵、くん…」
私の身体は安定した位置に収まった。
恵くんの腕は思っていたよりもずっと力強くて、揺れないようにと無言で体勢を整えられる。
その距離の近さに、心臓の音だけがやけにうるさく感じられた。