第1章 旅立ち
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「ん………、」
ごしごし、と何かで擦られる音と、頬を意図的に揺らされる感覚。
その不快な刺激に、私は薄く重なったまぶたをゆっくりと持ち上げた。
「あ、起きた?」
「…?」
まだ頭が上手く働かないまま、滲んだ視界に映り込んできたのは三つの色。
白と、蒼と、肌色。
白は髪で、蒼は瞳。肌色は────そのまま、人の顔。
それが「人」だと理解するまでに、たぶん三十秒くらいかかったと思う。
「……っ!こ、こないで!!」
理解した瞬間、全身に一気に恐怖が駆け巡る。
支えられていた身体と目の前の顔を必死に押しのけ、距離を取った。
荒く漏れる呼吸は、きっと目の前にいる二人にも聞こえている。
でも、威嚇になるならそれでいい。
そう思って、私は睨むように二人を見た。
「え、僕たち君のこと助けに来たんだけど」
「……うそつき、」
「おーい、伊地知なんかした?変なとこ触ってたんじゃねーの」
「えっ!?へ、!?い、いやそんな…!」
「その反応、ガチっぽい」
ビシッと人差し指を突きつけながら、サングラスをかけた男の人はそう言った。
ガクガクと震える膝に無理やり力を入れて立ち上がり、目の前で楽しそうに話す二人を見つめた。
いつ、何をされても大丈夫なように。
「で、なんでそんな怯えてんの?」
瞬きをした、その一瞬。
気づいた時には、サングラスの人が目の前に立っていた。
「え……、」
驚きで息を呑んだ拍子に無理をしていた脚の力が抜け、ぺちゃん、と冷たい液体の感触が腰に伝わった。
「あ、腰抜けちゃった?ごめんごめん!さて、じゃあ行こうか」
「や、…っや、触らないで、こ、殺すの?わたしのこと、ころすの、」
「なーに言ってんの?助けに来たのに殺すなんて無意味なこと、普通しないでしょ」
気の抜けた声を出しながら、サングラスの人が私の方へ手を伸ばしてくる。
その手が視界に入った瞬間、肩が強張って息が詰まった。
何を言われても信用できない。……村の人たち以外は、みんな、信用できない。
あの人みたいに怖い呪いを呼んで、みんなを殺すんだ。
「は〜い。んじゃ、暴れんなよ〜」
ガシッ、と両脇を掴まれ、身体が宙に浮く。
ああ────お母さんも、こんな気持ちだったのかな。
そう思いながら、襲い来る痛みを覚悟して、
私はぎゅっと目を瞑った。