第15章 月と袈裟
紅海は、野薔薇の身長に合わせるように腰を少しだけ屈める
『一応、全寮制だし、学費も免除だから親にも迷惑掛けないしね
任務に出たらお給料も貰えるから…あ、ごめん、こんな軽く言っちゃったけど、その分大変なこともあるし危険もあるから…』
軽く言ったつもりだった
けれど野薔薇は、まっすぐにこちらを見た
その目はもう、憧れだけではなかった
決意の芽が、確かに宿っていた
「流鏑馬さん」
『ふふふっ、紅海ちゃんとかで良いよ?』
自分の妹みたいで可愛い…
「どうやったら入学できる?」
『うーん…まず、ご両親に相談してみて?
あと師匠に当たる、お祖母ちゃんにも…
まだ小学生高学年くらいだよね?
それまでに良く考えてみると良いよ』
「え、うん…」
野薔薇は少し口を尖らせる
「紅海ちゃん、もうそろそろ現場行くで?」
背後から関西訛りの言葉が聞こえる
振り向けば、杖をついた遊佐が片手を軽く上げていた
紅海の任務用の黒い上着が、風に揺れる
『あ、はーい!』
紅海は野薔薇へ向き直る
胸ポケットから手帳を取り出し、急いで何かを書き綴る
紙を破る音が静かに響いた
『はい、コレ…私の電話番号とメールとか連絡先ね、
住所も書いとこうか…』
流鏑馬紅海、と名前を添えて差し出す
野薔薇は一瞬だけ躊躇し、それを受け取った
小さな手のひらに、未来への細い糸が乗る
『もし何かあれば、いつでも相談に乗るからね
呪術関係じゃなくても気軽に電話してくれたら良いよ』
強く言いすぎないよう、声を整える
「…うん」
短い返事
けれど目は、確かに揺れていた
「誰?」と遊佐が小声で聞く
「有望株」とだけ返して、紅海は歩き出す
二人の背中は、人気のない神社の方へ消えていった
東北地方は、鬼や妖怪の伝承が濃い土地だ
語り継がれる物語は、恐怖を肥やしにし
そして恐怖は、呪いを育てる
結果として、呪霊も多い
地元の術師だけでは手が回らず、増殖してしまった澱みを
こうして定期的に外部の術師が削ぎ落とす
それが今回の任務だ
遊佐と紅海は
廃屋、廃トンネル、山道の祠の呪霊を既に祓い
残りの受け持ちは、森の奥の人気のない古い神社だ
こう言った場所は呪霊が出やすい