第15章 月と袈裟
三月半ば頃
高専から帰る東京の空気は少し冷たい
紅海のスマホが震えた
表示された名前に、思わず頬が緩む
3年半くらい前、岩手の遠征で出会った呪術師の卵
生意気で、まっすぐで、芯が強い可愛らしい少女
『もしもし野薔薇ちゃん?どした?』
スマホの向こうで間髪入れずに声が弾ける
「ダメだ!紅海ちゃん、お祖母ちゃんが頑固すぎて入学の事で揉めてる!」
思わず足を止める
『えっ?ちょっと待って
こっち、入学生のリストにあった気がするけど
お祖母ちゃん、気が変わったの?』
推薦状は確かに届いているはずだ
「違う!とりあえず近くの高校の入学手続きだって言って
親に適当にサインさせたのがバレた」
『アグレッシブーぅっ!
お母さんはサインする時とか気付かなかったのかな?』
「気付く訳無いでしょ、あんな親」
電話越しでも分かる、吐き捨てるような声音
紅海は、ふと自分の幼い頃を思い出す
“いてくれるのに解ってもらえない”という感覚は正直よく分からない
『そっか…』
けれど、家族がいるから幸せとは限らない
いないから不幸とも限らない
「とにかく、お祖母ちゃんを説得して入学するから!」
野薔薇は、あの頃から変わらない
まだ中学生なのに、覚悟の色が濃い
紅海は小さく笑う
『うん!野薔薇ちゃんなら出来るよ』
「他人事みたいに言うなぁ!紅海ちゃんも来てよ!」
不意に言われ少し黙る
『出来ない事もないけど』
祖母と孫
師匠と弟子
境遇が似てるだけに解る
それはきっと、外野が軽く口を出せる話じゃない
空を見上げる
『野薔薇ちゃん、東京は逃げ場じゃない
戦場だからね、それでも来たいんだよね?』
「当たり前でしょ、私、田舎で朽ちる気ないんだから」
即答、迷いのない声
紅海の胸の奥が、じんわりと熱くなる
あの頃の自分は、ただ流されるように高専へ来た
選んだというより、生きるための延長
この子は、自分の意志で来ようとしている
『じゃ、ちゃんとぶつかって自分の力でおいで!』
「うん、解ってる…ありがと」
電話越しの声が、少しだけ落ち着く
3年半前の岩手で見た小さな背中
あの子はもう、卵じゃない
殻を、自分で割ろうとしている
『待ってるよ、東京で』
その言葉に、少しだけ先輩らしさを滲ませた
電話の向こうで、野薔薇が笑った