第13章 瞑想とチョコ
三月に入ってから、紅海はやけに眠かった
ただ眠い、というよりも、身体の奥に重りが沈んでいる感覚に近い
布団に入ると意識はすぐに落ちるのに、目覚めは深く、長い
眠っているあいだ、脳が休まっているせいか、起きた直後は呪力が満ちている気がした
――満ちている、というより、巡りが変わっている
身体の中、魂のさらに奥
呪力が静かに形を変えつつあることに、紅海自身はまだ気づいていない
その日の授業は、座学でも模擬戦でもなかった
『今日は瞑想ね』
そう言って、紅海は一年生たちを高専の外れ、森の中へ連れ出した
三月の森はまだ冷たく、けれど冬ほど鋭くはない
湿った土の匂いと、木々の呼吸がゆっくりと混ざり合っている
「戦わないのか?」
パンダが少し拍子抜けした声を出す
『戦わない…今日は“何もしない練習”』
真希が眉をひそめる
「それ、呪術に必要?」
『そ、必要』
紅海は笑いながら言った
『瞑想ってさ、精神的な修練でもあるし
集中力も上がる、創造性もね
戦闘中に頭がクリアだと、視野が広がるでしょ?』
森の中に、それぞれ間隔を空けて座らせる
木の根、倒木、岩の上
好きな場所でいい、とだけ伝えた
『まずね、絶対なんか考えちゃうから』
紅海は立ったまま、生徒たちを見回す
『今日の晩ごはんとか、任務とか、どうでもいい事
それを“追いかけない”
あ、考えてるなって思ったら…
“ま、いっか”って放り投げて』
パンダが手を挙げる
「ポイ捨て?」
『そ、ポイ捨て』
即答だった
『自然に預けて
音とか、風とか、匂いとか
今ここにあるものだけ感じてみて』
狗巻棘がこくりと頷き、小さく言う
「…しゃけ」
『うん、そんな感じ』
真希が鼻で笑う
「適当だな」
『瞑想は、適当くらいがちょうどいいの』
その言葉は、昔、祖母に言われたものだった
東京の外れ、森に囲まれた小さな神社
冬は冷たく、夏は蝉がうるさくて
何度も逃げ出そうとしたけれど、結局、座らされた
“考えを消そうとしなくていい
ただ、手放しなさい”
その教えを、今こうして次の世代に渡している
時間は確かに流れている