第12章 傷と夜空
『わたしの奢りって言ったでしょーっ』
会計の前で、紅海が一歩前に出る
七海が財布を取り出す動作よりも早い
「いえ、ここは私が払いますよ」
『ダメです! 先輩に奢らせなさい!
はい! 早く! 店員さん!
今のうちにバーコードを読み込んでくださ~い!』
七海が制止するより早く、決済音が短く鳴る
……くっ
奢られてしまった
「頑固ですね、かわいくないですよ」
『良いんです。だって、私が奢るよって誘ったんだもん』
当然でしょう、と言わんばかりの顔
七海は小さく息を吐いた
店を出ると、空気が一段冷たかった
夜は澄んでいて、冬の星がくっきりと浮かんでいる
『そういえばさ、七海って、どんな会社で働いてたの?』
夜道を並んで歩きながら、紅海がふと思い出したように聞く
「どこにでもある証券会社ですよ…
どこにでもある様なブラック企業と言うべきか
いえ、それが“社会の通常運転”なのかもしれませんが」
あの場所では、それが普通だった
終電、ノルマ、数字、責任
呪霊とは違う“人を削る何か”がそこにあった
『ブラック企業が社会の通常運転…かぁ』
呪術師界とはまた違うブラックそうだなと紅海は呟く
『証券会社?って、どんな仕事するか解らないけど
頭いい人いっぱい居そうだね』
素直な感想…尊敬と好奇心が混じった声
「そうでもありませんよ、優秀な人はいましたが
それ以上に、疲れ切った人が多かった気がします」
『そっかぁ…』
紅海は少し考えるように歩幅を緩める
『呪術師界隈ってさ、狭いでしょ?
身内で完結しちゃう感じで
世間的なこと、解らないまま大人になっちゃったな
…って思う時があるんだ』
夜風が、彼女の髪を揺らす
『だからさ、社会に出てた七海はさ
呪術師も、普通の社会も、どっちも知ってるでしょ?
…それって、すごい事だなって思う』
七海は一瞬、言葉に詰まった
尊敬されるような生き方だっただろうか
労働はクソだと思いながら、生き方に疑問をもって
結局また呪術師をやっている
「…経験した、というだけです。
誇れるようなものではありません」
『えー、そうかな?私は尊敬するよ?』
即答、迷いのない声だ…