第12章 傷と夜空
『なーなみっ!』
呼ばれて、七海は一拍遅れて顔を上げた
考え事をしていた自覚はある
それでも、名前を呼ばれるまで気づかないほど深く、過去に引き戻されていたらしい
「あぁ…流鏑馬さん」
『どしたの? 何か悩み有る?
わたしで良かったら、相談に乗るよ?』
距離の詰め方が、相変わらず唐突だ
押し付ける事無く、ただ自然体でこちらを覗き込んでくる
「いえ、何でもありません」
『ほんと? なら良いんだけどさ』
そう言ってから、紅海は少しだけ声色を変えた
『あ、ねぇ、こないだはゴメンね?
酔っぱらって帰っちゃって
この後、何もなかったら、一緒にご飯行く?
お姉さんが奢らせていただきますよっ!』
わざとらしく胸を張り、年上を強調する
冗談だと解る調子なのに、断りにくい不思議な説得力
「…そうですね…では」
七海は、思ったより素直に応じていた
七海が選んで入った店は、駅裏のラーメン屋だった
紅海から、何故ラーメン屋を選んだのか
理由を聞かれる事はないし
七海自身も、説明するつもりはなかった
――紅海先輩とラーメン食べにいこうよ!
ふと、そんな声が脳裏をよぎっただけだ
カウンターに並んで座り、それぞれ注文する
紅海はラーメンに加えてチャーハンも頼み
少し考えてから、七海の方を向いた
『あ、餃子も食べたいんだけど…七海、半分こしない?』
「…よく食べますね」
『あはは、良く言われる』
笑いながら、まったく気にしていない
料理が運ばれてくると、紅海は一気に表情を明るくした
温かい湯気の前に、箸を持ち、いただきますの合掌
そして、一口すすって、目を細める
『おいし…』
その横顔を見て、七海は気づく
理由もなく、胸が暖かくなる
特に会話をしている訳でもないのに…
ただ、同じ卓で、同じ湯気を浴びているだけだ
それなのに、
「生きている」という感覚が、確かにここにある
「その量…その身体のどこに収まるんですか」
『んー? 不思議だよねぇ…ブラックホールでも有るのかな?』
笑いながらチャーハンを頬張る紅海を見て
七海も箸を動かした
ラーメンのスープを一口飲み干す
温かさが身体全体に伝わる
この光景を、誰かが喜びそうだ…と思った
そう、きっと…灰原だ
そう思うと、七海も一緒に嬉しくなった