第37章 都と帳
『うん…』
紅海が回復していることを確認すると部屋に戻る
『悟、ありがとう』
部屋を出て、隣のコネクティングルームへ顔を覗かせる
五条はソファに深く腰掛け、読みかけの資料を膝に乗せたまま顔を上げた
「ん?」
『ずっと、いてくれたでしょ?』
その問いに、五条は肩をすくめる
「まぁね」
照れも気負いもない
「このくらい、別に平気」
その言い方があまりにも自然で、紅海は少しだけ困ったように笑う
「……あの
もう一つだけ、わがまま言ってもいい?」
五条は資料を閉じた
「何?」
紅海は少しだけ視線を落とす
「……保田さんに少しだけでも会いたくて」
一瞬だけ沈黙が落ちる
五条は紅海の表情を見た
責める気持ちはない
ただ――確かめたいのだ
あの人が、生きているのか
「……分かった」
五条は静かに立ち上がった
「じゃ、帰る準備しよっか」
京都高専・医療棟
消毒液の匂いが、静かな廊下に漂っている
場所は変わっても、この匂いは変わらない
奥の特別病室
分厚い強化ガラスの向こうに、一人の男が横たわっていた
右肩から先は白い包帯で厚く覆われ、規則正しく心電図の電子音だけが部屋に響いている
眠ったまま、まだ意識は戻っていない
紅海はガラス越しに、その姿を見つめた
……生きてる
胸の奥で、小さく息が漏れる
そして、それ以上に重たい感情が残る
隣で五条がガラスへ視線を向けたまま言う
「そんな顔しない」
紅海はゆっくり顔を上げる
五条の声は穏やかだった
「君が繋いだ命だ
全部救えるなんて思わないこと」
紅海は返事をせず
ただ、保田の寝顔を見つめ続ける
その時
廊下の奥から、ゆっくりと足音が近付いてきた
杖をつく硬い音
楽巌寺だった
二人の横で足を止める
ガラスの向こうを一瞥し、低い声で言う
「一番の重傷者…まだ意識は戻らんか
他の京都の術師も、東京から応援に来た者たちも治療は終えた
すでに持ち場へ戻っている」
視線は保田から動かない
「目を覚ましたら、聞かねばならん
……誰と取引したのかをな」
その言葉に、廊下の空気が少しだけ張る
紅海は意を決して口を開いた
『あの……』
楽巌寺が視線だけを向ける