第37章 都と帳
遊佐は首を振る
「いや…今日、あの場で彼を生かそうとした術師は、多分 紅海ちゃんだけや」
その声は穏やかだった
紅海は返事をしなかった…それが正解かどうか解らないし…彼にとって迷惑だったかもしれない
ただ、少しだけ視線を落とし小さく笑った
やがて二人は立ち上がり、ゆっくり並んで指揮所へ戻る
「いける?」
『うん、フワフワしてるけど大丈夫』
そこでは各班からの報告が続いていた
五条はパイプ椅子に深く座り伊地知から報告書を受け取っている
二人に気付くと、片手をひらりと上げた
紅海の姿を一目見て、顔色は悪いが大きな怪我がないことを確認し軽く笑う
「無事に帰ってこれたね…」
紅海も少し笑い返した
『うん』
五条はそれ以上何も聞かなかった
歩き方が少し重いが、自分の足で戻ってきたって事は、大丈夫そうだ
紅海なら、無理して限界を超えたら倒れるまで戦う…いや、倒れても抗うんだろうけど
「おかえり…大活躍だったらしいじゃん」
『ただいま…』
その様子を横目に見ていた遊佐は、表情こそ変えなかったが、胸の内では小さく息をつく
何や、その余裕
「 紅海ちゃんやったら、このくらい大丈夫や」みたいな顔して腹立つわぁ
もちろん、口には出さない
五条が 紅海を信頼していることくらい、遊佐にも分かっている
それでもほんの少しだけ、面白くなかった
「五条さん」
遊佐はいつも通り穏やかに頭を下げる
「今日は応援、ほんま助かりました」
五条は資料から顔も上げず、ひらりと手を振る
「礼なんか良いよ、ちゃんと京都が回ってたから、僕の出番少なかったしね?」
遊佐は苦笑する
最後は、ええとこ持っていったくせに、よう言うわ
そんな悪態も飲み込んだ
その頃
紅海は指揮所の隣に設けられた医療班のテントへ入っていた
パイプ椅子へ静かに腰を下ろし、ペットボトルを手に取る
『……』
身体が重い…
領域展開の反動は、毎回違う
高熱で数日寝込んだり意識を失うこともあった
今回は、熱はまだ上がっていない
だが、身体の芯から力が抜けていくような鈍い感覚が続いている
まだまだだなぁ…
ぼんやり天井を見上げる
こんなんじゃ、まだ、悟の隣には立てない
自然と浮かんだ考えに、自分で小さく笑ってしまう