第8章 前日と仕度
医務室には、いつも通りの薬品の匂い
ベッドの端に腰掛けた 紅海が、小さく息をつく。
『困った……』
「何?独り言にしては、ずいぶん切実そう」
硝子はカルテから目を離さず、淡々と返す
『東京の観光地に着ていく服が、ありません!』
その声は、妙に真剣だった
「…浅草?」
『いや、悟曰くね?
“京都はお寺ばっかだから、浅草は目じゃない”んだってぇ』
少し不満げに言い、すぐに付け足す
『※あくまで一個人の見解です。各方面にお詫びします』
「誰に気を遣ってるの」
硝子は鼻で笑う
「で?京都の人が、東京観光しに来るとか、そういう話?」
『そう!』
紅海は勢いよく頷いた
『京都にいた時に仲良くしてくれた人が、今度遊びに来るんだけど
観光地も悩みだし、そういえば、私、服持ってないなって』
「気づくの遅すぎ」
硝子はようやく顔を上げ、 紅海を一瞥する
「 紅海、都会はね
呪霊が歩いてても気にならないくらい、他人に興味ない所だよ」
『それはちょっと盛りすぎじゃない?』
「本質は同じ」
硝子は肩をすくめる
そこへ、ノックもせずに入ってきたのは
「よぉ!2人して、何の相談?僕がイケメンだなぁとかそーゆーの?」
五条だ…
急に入ってきたにも関わらず、いつもの事なのか
2人は驚きもせず五条を受け入れる
「 紅海が東京観光用の服がないとか、
京都の人と行く観光地は寺以外が良いとかなんとか」
「ふぅん…」
また、その話しかと、瞬間面白くない顔をした
「 紅海さぁ、服まで気にする事~?別に僕なら気になんないけど?」
『だって…』
紅海は視線を落とし、指先をもじもじと絡める
『一緒にいく人に、恥かかせちゃう気がして』
その言葉に、五条の眉が、わずかに動いた
「確かにさ」
硝子は、あっさり追い打ちをかける。
「 紅海の私服って、
トレーナーに短パンか、スウェットな印象しかない」
『ちょっと!?』
紅海が声を上げる
『硝子、それはルームウェア!
外では、もうちょっとマシなの!』
「ハハッ…“もうちょっと”ね」
硝子は意味ありげに頷いた
そのやり取りを聞きながら、五条は腕を組む
別に、いつも通りでいいだろ
頭の中で、苛立ちが形にならないまま膨らむ