第21章 隣と桜
『…昔さ…小さい時ね』
幼い時の、父が守ってくれた時の事を思い出す
今では、どこまでが自分の記憶で、どこからが祖母が話してくれた記憶かが曖昧だ
五条は視線を向けた
『ん~やっぱやめた…へへ』
紅海はメニューを手にして次のカクテルを注文した
「え!?ちょっと、僕、聞きたいんですけど?」
五条がカウンターで並ぶ紅海を、肘でつつく
紅海は困った顔をする
『今、言うとさ…暗くなるから…また今度聞いてよ』
「じゃあ今度、もっと酔った時にね?」
紅海は安心したように息を吐く
酔いが少し回ってきて視線が少し柔らかい
暫くして店を出ると、春の夜空、空気が少し冷たい
道の先に、桜並木が続いている
春の夜風で花びらが静かに舞っていた
街灯の光の中を、花びらがゆっくり落ちる
二人で並んで歩く
紅海の足取りは少しだけゆるい
「酔ってるね~?」
『ちょっとだけだよ』
その時、五条が立ち止まる
「ん」
しゃがみ込む…靴紐がほどけていた
紅海もふらっとしゃがみ込む
五条の顔を、じーっと見る
「ん?なに?」
少し笑う
「照れるんだけど」
冗談半分、本音半分…
紅海はふふっと笑う。
『ふふっ…悟ってさ…よく見るとカッコいいんだね』
五条が一瞬止まる
言われ慣れている言葉なのに
心臓が跳ねた
紅海は上を見上げる
『あ、桜』
花びらが五条の髪に落ちていた
紅海が手を伸ばし、そっと取る
『付いてた』
へにゃっと笑う
完全に酔っている
五条の胸の奥が、少しだけ騒がしい。
「あ~!もう!絶対酔っぱらい!!」
『えへへ、綺麗だよ…』
紅海は花びらを捕まえようと手のひらを上へ向ける
そして、ぽつりと言う。
『こうやってさ…幸せな気分で、これからも過ごせたらいいのになぁ』
静かな声
その言葉の奥に、ほんの少しだけ影がある
紅海は、時々ふっと遠くを見る
孤独を思い出す瞬間がある
過去から続く、消えないもの
五条は紅海の表情を見逃さない…
「僕は、今、幸せだよ…」
立ち上がって、そっと手を差し出す
「ほら…帰ろ?」
紅海はその手を見て、少し笑う
『うん』
五条の手を取って立ち上がり、また隣に並ぶ
桜の花びらが、二人の間をゆっくり落ちていく