第18章 教示と追憶
日曜日の昼下がり
駅前の小さなイタリアンは、ガラス越しの光がやわらかく
半個室になっているから、隣の声も聞こえない
太田は約束の時間きっちりに現れた
落ち着いたワンピースに、無駄のない化粧
二度目とは思えない自然さで、紅海の向かいに腰を下ろす
『太田さん、えっと、こんにちわ』
「流鏑馬さん、今日は誘ってくれて嬉しかったよ」
その一言に、胸の奥がわずかに軽くなる
最初は他愛もない話をしたり聞いたり
仕事の愚痴、最近観た映画、失敗談…
紅海は笑いながら、タイミングを探していた
やがてフォークを置き、視線をテーブルに落とす
「あ、あの、今日、太田さんに相談っていうか…
…ちょっと聞いてほしくて」
「うん、どした?」
紅海はゆっくり話し始める
自分が恋愛経験無い事を前置きに
昔からの友人で、同じ教師
何もかも完璧で、目立ってて、放っておいても人が集まる人
「向こうは、ほんとに…何でもできちゃう人で」
自分とは違う高さに立つ人
でも、自分の事を気にかけてくれてると思う事
飲み会の帰り、菊池に送られ、キスされそうになった事や
それを止めてくれたのが彼だった事
けれどその後、彼自身も同じ距離まで近づいてきて
結局は人が来てうやむやになった事
核心をぼかしながら、言葉を選ぶ
太田は一瞬、眉を上げる
「菊池め、やりやがったなぁ」
その声に、紅海は思わず笑う
でも、問題はそこではない
「それから?」
ちゃんと話を促してくれる
『からかわれてるのかもしれないし…
冗談みたいな顔するから、本気かどうか、分からなくて
でも、もしかして本気だったのかもしれないし…』
太田は紅海の言葉が終わるまで聞いてくれる
『どっちにしても、私…どうしたらいいのか分からなくて』
太田は腕を組み、しばらく考える
「その人さ、完璧なんだよね?」
『はい』
『流鏑馬さんは、その人のこと好きなの?』
ド直球
言葉が喉で止まる
好きと言う言葉が迷子で
気になる存在では有る
沈黙が答えになったのか、太田は小さく息を吐く
「からかいか本気かなんて、本人にしか分かんないよ
でもね…からかわれてる前提で考えてる時点で
流鏑馬さんは、自分を低く見積もりすぎ」
硝子にも言われた事があった言葉だ