第16章 春休みと経験値
その日の夜
女子会と言う名の飲み会が行われた
「先輩、遅いから、紅海と先に飲んでましたよ~」
庵が座敷に一段上がって個室の襖を閉める
「京都から駆けつけたってのに、労いと言うものは無いのか」
「ほら~、だし巻き玉子」
硝子は庵の扱い方を知っている
「美味しぃ~」
文句なんて吹っ飛ぶ
『歌さん、京都忙しいんじゃないですか?』
「それがさ、超有能な補助監督、由布湯がね
うまくスケジュール空けてくれるってわけよ」
誇らしげだ
『遊佐くん、さすがだなぁ…
何をやらせても、そつなくこなすと言うか』
紅海は素直に頷く
遊佐は、人の懐に入るのが得意だ
持ち前の話術で周りを仕切る
「ああ、紅海が言ってた補助監ね? あの、挨拶ハグの」
硝子がにやりと笑う
『硝子!しーっ!』
慌てて制止する
「何照れてんの挨拶のハグなんでしょ~?」
「え…ハグ?由布湯が?
あの子、落ち着いてるのに、意外な所有るわよね」
数年前
庵は、遊佐が杖をつかずに紅海を抱いて山を降りた時、
足を完治している事や
彼女に好意を寄せている事も照れる事なく伝えられた
「内緒にしといて下さいね」と頼まれている
大人は、時に沈黙を選ぶのだ
「で?どうなの」
硝子が肘でつつき、紅海が考える
「どうなのって…」
何故か五条に抱き締められた日の事がよみがえる
あれ?なんで、悟のこと思い出しちゃったんだろ
『はぁ…』
ため息と一緒に悩みが増える
『挨拶のハグとか、なければ良いのに』
本音が漏れる
「何、どうした?」
『いや、なんでもない』
五条に抱き締められた、なんて言えば
2人の空気が妙な方向に転がる気がして
庵と硝子は、すでに別の話題へ移る
「由布湯はイケメンで有能、将来有望。相手としては良いよね~」
「確かに、周りの男は呪術師ってだけでちょっと…面倒くさい」
「周りの男…七海は?
あの真面目さ、結婚するには堅実で良いのかもね」
「でも融通利かなそう〜」
後は…
「五条は……」
「「無いわ~!」」
二人が声を揃えて笑う
紅海は、なぜか胸がちくりとする
2人は他愛ない想像で盛り上がるが
少しだけ外側にいる感覚
自分に好意を寄せる人なんていない
好きだよ、なんて言われたこともない
自分に自信がなくて
誰かを好きなのかどうかも解らず中途半端だ