第2章 ゆらゆら
「家さ。俺たちの」
教師がテストの正解を告げるかのような言葉からは彼の感情を読み取ることはできなかった。
「……私たち、の、家?」
思わず、言葉をそのまま繰り返す。
知らない天井。思い出せない自分の名前。
ここは自分の家らしいが、見覚えはない。
記憶喪失とでも言えばいいのか、あまりにも出来過ぎた状況に、現実感が追いつかない。自分の身に起きていることなのに、どこか他人事みたいで、頭の中が白く煙を上げている。
そんな中で。
当然のようにここにいて、当然のように私を見下ろしているこの男は、一体、何者なのだろう。
「……あなた、は……?」
喉がひりつき、声が途中で詰まった。
「鶴丸。鶴丸国永だ」
彼はそう名乗ると、くしゃりと目を細めて笑った。
先ほどまでの、作り物めいた静けさとは違う。その笑顔は意外なほど親しみやすく、人間味があった。
綺麗な人だ。
しかし、名前を聞いても何も思い出せない。鶴丸。変わった苗字だな、という感想だけぼんやり浮かぶだけだ。
思考が追いつかないまま、口が先に動いた。誰かに縋らなければ、今にも不安で押し潰されそうだった。
「……あの、私、その……何も覚えてなくて……なんでここにいるかとか、分からなくて……」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
鶴丸は、しばらく黙って私を見つめてから、静かに言った。
「……そうだな。俺は、きみがどうしてここにいるかも知っている」
心臓がドクドクとうるさい。
「有り体に言うときみは記憶喪失ってやつさ」
記憶喪失。
物語の中のものだと思っていた。自分の身に起こるなんて思いもしなかった。
何も言わずにしばらく考え込む私を、鶴丸はどこか呆れたような目で眺める。
「老婆心で少しだけ忠告しておこう」
声の調子が、少しだけ軽くなった。
「記憶のない君の中では、俺は初対面の男だろ?そんな怪しい奴の前で、自分が隙だらけだって自白するのは、どうかと思うぜ?」
ぐうの音も出ない。気まずさに目を逸らす私の様子を見て、彼は苦笑を深めた。
「それに…」