第4章 ぐらぐら
夢と現実の違いすら分からない日があった。
感情は置き去りに、現実に適応していく身体に驚いて、泣き喚いた日もあった。
昨晩も、夢心地でなにかをやらかした気がするけど、幸か不幸か記憶が曖昧だった。
だから、目が覚めるとベッドのすぐそこに鶴丸がそこに座っていてびっくりした。椅子に片足を立てて、こう、例えるなら教科書で見た太宰治のような体勢で眠っている。
(首痛めないかな、その格好………)
経緯は分からないけど、多分寝惚けた私が何か言ったせいで、夜の間、見守ってくれたのだろうと推測する。
目を閉じていると生きているか不安になるくらい綺麗な寝顔を布団から顔を出してちらちら眺めながら、ふと彼について考えてみる。
この部屋で目覚めてから、最初の数日は、彼が立てる音のひとつひとつで身構えていたのをよく覚えている。
廊下を静かに歩く音。
キッチンで水を汲む音。
扉がパタリと閉まる音。
一挙手一投足に過敏になって、機嫌を損ねたら殺されるかもしれない、見捨てられるかもしれないと恐怖に怯えていた。
彼が部屋に入ってきたら、背筋を伸ばし、どうにか視線を合わせないようにしていた。
信用してはいけない。
この人は、私の自由を奪っている。
そう、思っていたはずなのに。
優しく看病する手つき。
気遣ってくれる言葉たち。
顔の良い男に、真綿に包まれるように大切に大切にされる。
警戒を解いてしまうのは時間の問題だった。
夢かと思って、泣いたり、怒ったり、無茶なお願いをしたりした微かな記憶もある。でも、彼は私のことを見放さず、幼子をあやすように、その時に必要な言葉を静かに与えていくれた。
いつ、飽きるんだろう。
いつ、この関係は終わるんだろう。
警戒を解く代わりに、いつしかそんなことを漠然と考えるようになった。きっと、いつか、私は彼に切り捨てられる。そんなふうに思った。
もう鶴丸のことは怖くなかった。その代わりに、ひとりになることが無性に恐ろしかった。
そばにいることが当たり前になってしまうと、気付けば、彼と話す時も「鶴丸さん」が「鶴丸」に代わって、敬語もどこかへぽいと行ってしまった。背筋を伸ばすことも、視線をわざと外すこともしなくなってしまった。