第4章 ぐらぐら
鶴丸は部屋の隅に置いてある椅子をベッドのそばに持ってきて、ドカリと座り、目の前のか弱い存在に話しかける。
「悪い夢でも見たか?」
彼女は小さく首を振った。
「……起きてた……ずっと」
上擦って、かすれた声。
「寝ようとしてもね……目を瞑ってもね、寝れなくて…………」
しゃくりあげながら必死に伝える彼女をじっと見つめる。自分の腕を掴む指先にぎゅっと力がこもるのが見て取れた。
「目を瞑ると、このまま、消えるんじゃないかって…」
息が詰まり、言葉が途切れる。
「……誰かが呼んでるの、でも、思い出せない……」
記憶が微かに回復してきているのだろうか。あとで報告書に記載しておくべきだな。
「……つるまる?」
不意に、いつもより拙い発音で名を呼ばれる。たった4文字だったけれど、「声が聞きたい」という彼女の思いはひしひしと伝わってきた。
「あぁ、ここにいるぜ」
鶴丸がそう言うと、彼女は顔を上げる。涙に濡れた瞳が、間接照明の光を受けてキラリと輝く。
「……わたし、鶴丸のことも忘れるのかな。忘れたくないよ、もう、なにも………」
黒目の大きな審神者の瞳が鶴丸をまっすぐに捉える。
「大丈夫だ、君はもう何も失わないさ」
鶴丸も審神者の姿をしっかりと見据えながら言った。
「……そんな、保証ないじゃん……」
審神者のこぼしたその言葉は責めでも疑いでもなく。ただ、縋るような響きをしていた。
鶴丸は少しだけ、間を置いた。
言葉を選ぶ。
「…俺が、守るよ」
喉から出た言葉は、想定外に甘い響きをしていた。
思いもかけない言葉だったから、審神者も、鶴丸自身も、二人合わせて目を見開いて見つめあってしまう。二人とも薄暗がりに目が慣れてきた時分だったので、お互いの間抜け面が、存外によく視界に入った。
鏡のように同じ反応をしているのがおかしくて、どちらともなく、ふふっと密やかに二人は笑う。
それは、とても悲しいようで甘やかな時間だった。
鶴丸はやはりここは家と呼ぶべきだろうとぼんやり思った。