第4章 ぐらぐら
日付も変わった時間だし、いつもなら彼女はとうに寝ている時間だ。家の中は静まり返っているはずだった。
しかし、しんとした空間には小さな嗚咽が響いていた。
鶴丸は玄関で耳を澄ませる。
震える呼吸。途切れ途切れの声。押し殺そうとして、抑えきれなかったのであろうその微かな泣き声を無視するなんて、鶴丸にはとてもじゃないができなかった。
(…あぁ、今日はそういう日か)
靴を脱ぎながら、このあとのことを考える。最近は落ち着いてる日も増えていたんだがなぁ、と心の中だけでぼやく。
寝室のドアは、閉じきっていなかった。暗い暗い廊下に、部屋の中の間接照明のぼんやりとした光が漏れ、鶴丸の影を作る。
隙間から中の様子をそっと覗く。
「……っ、もうやだ…やだ、やだ…………」
彼女はベッドの隅で膝を抱え、背中を丸めていた。
「……分からない……帰りたいよ……なんで……なんでっ……どこでもいいから………」
パジャマの膝に、顔の涙を押し付けるように首を振る。肩が小刻みに震えている。
下を向いていて見えないが、鶴丸には涙をぼろぼろと落とす彼女の顔を想像することは難くなかった。
記憶がない。外に出れない。ただ、それだけのこと。
それだけのことで、人は壊れてしまう。
鶴丸はドアを開ける前に、一度、深く息を吸った。不安定な監視対象を落ち着かせるのが目的だ。そこに感情が入る隙はない筈。そうでなくてはならない。
「……ただいま」
穏やかな声で呼びかける。
その声に反応して、彼女の肩がびくりと跳ねた。
「……おか、えり……」
顔を上げないまま、震える声。こんな時でも律儀に挨拶を返してくれる彼女の育ちの良さが眩しかった。
薄暗い寝室には、べしょべしょに涙で濡らした薄着のパジャマ姿の彼女と、外の匂いを未だ纏うスーツ姿の鶴丸の二人きり。