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それでも、胸に灯るもの 〜若かった君へ、今の私から 〜

第1章 それでも胸に灯るもの


それから長い時間が流れた。
街も、人も、景色も変わったはずなのに、
君のことだけは、記憶の中で少しも色褪せなかった。
雨上がりの夕方。
駅前のベンチで、私は傘を畳んでいた。
「……もしかして」
その声を聞いた瞬間、
時間が一気に巻き戻る。
振り向くと、そこに立っていたのは、
確かに大人になった君だった。
背は少し高くなって、表情も落ち着いている。
それでも、笑い方だけは、あの頃のままだった。
「久しぶりだね」
たったそれだけの言葉なのに、
胸の奥がひどく痛んだ。
並んで歩き出す。
昔よく通った道は、
少し狭くなったように感じた。
「元気だった?」 「うん、まあね」
簡単なやり取りの裏で、
聞けなかったことが、山ほどあった。
あの時、どうしていたのか。
誰を好きになったのか。
今、誰の隣にいるのか。
聞けないまま、歩幅だけが揃っていく。
信号待ちの赤。
沈黙が落ちて、
雨に濡れたアスファルトが光っていた。
「ねえ」 君が小さく息を吸って言った。 「あの頃さ……」
その続きを、私は知っていた。
君も、私と同じ場所に、
想いを置いたままだったことを。
「伝えられなかったこと、あるよ」 君の声は、少し震えていた。
胸が苦しくなって、
それでも目を逸らせなかった。
「私も」 そう答えた瞬間、
過去と今が、静かに重なった。
でも、交差点の向こうで、
君のスマホが鳴る。
一瞬、君の表情が曇る。
誰からの連絡か、
聞かなくても分かった。
「ごめん」 君は困ったように笑った。
私は首を振る。
分かっていた。
再会は、奇跡でも、救いでもなく、
ただの現実だということを。
「会えてよかった」 君はそう言って、手を振った。
背中が遠ざかるのを見送りながら、
胸の奥で、何かが静かに崩れた。
でも、不思議と後悔はなかった。
若かった君にのせた想いは、
今も確かにここにあって、
それだけで、少しだけ救われた。
私は夜の駅を歩きながら、
心の中でそっと言葉を送る。
――若かった君へ。
あの恋は、ちゃんと本物だった。
そして、
今の君を好きになれなかったことを、
少しだけ、許してほしい。
雨上がりの空に、
小さな星がひとつ、滲んで光っていた。
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