第4章 同じ時間を過ごす
保健室の前の廊下は、やけに静かだった。
昼下がりの光が窓から差し込み、
白い床に長い影を落としている。
爆豪は、その影の端に立ったまま、動けずにいた。
「……」
ノックする理由は、いくらでも思いつく。
でも、本音は、もっと単純で、もっと言いにくい。
——大丈夫か。
たったそれだけなのに。
「……チッ」拳を握る。
朝の光景が、
何度も頭に浮かぶ。
白い毛並み。獣の輪郭。鋭い爪と牙。
そして、先生の捕縛布
——止められなかった。
“止める”って言ったくせに。
「……俺が、余計なこと言わなきゃ……」
昨夜の会話。
夜道。
月明かり。
『止まるやつがいねぇと、突っ込むやつが死ぬ』
——突っ込んだのは、あいつだ。
——止めたのは、俺じゃない。
言葉が、背中を押しすぎたんじゃないか。
そう考え始めると、足が、余計に動かなくなる。
保健室の扉の向こうから、
かすかな気配がした。
声は、聞こえない。
でも。——誰か、いる。
あの静けさは、
一人じゃない。
「……心操か」
理由はない。ただ、そう思った。
——あいつなら、
——何も言わずに、そばにいられる。
それが、今の自分にはできないことだと、
痛いほど分かる。
「……クソ」
苛立ちとも、悔しさとも違う感情が、胸の奥に溜まる。
入ったら、余計なことを言うかもしれない。
慰めるでも、励ますでもなく。
——“正解”を押し付ける。
それが一番、あいつを追い詰める。
だから。
爆豪は、扉に手を伸ばし、
そして、止めた。
「……今じゃねぇ」
誰に言うでもなく。
——今は、
——俺の番じゃない。
廊下の向こうから、
教師の足音が近づく。
爆豪は、さっと壁から離れた。
——行かなかった。
——入らなかった。
でも。
それは、“逃げた”んじゃない。
“待つ”という選択だ。
爆豪は、初めてそれを選んだ。
その夜。
布団に入っても、眠れなかった。
目を閉じると、朝の白が浮かぶ。
「……」
天井を睨みながら、思う。
——次は。
——次に、
——あいつが自分で話すとき。
そのときは、逃げねぇ。
慰めも、説教も、正解もいらねぇ。
ただ。
——隣に立つ。
そう決めたまま、
爆豪は、夜をやり過ごした。
扉の前で立ち止まった男も、
また一つ、変わっていた。