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オオカミ少女は愛の夢を見る

第3章 知られていくこと


夜の寮は、昼間よりもずっと静かだった。
廊下の照明は落とされ、
ラウンジには数人の気配が残るだけ。

白井は、ソファに腰を下ろし、
ノートを閉じた。

「……今日は、疲れた」

誰に言うでもなく、呟く。

向かいの椅子で、
心操人使が、ゆっくりと顔を上げた。

「試験の後だ。無理もない」
それだけ。

会話は、そこで止まる。沈黙は長い。
でも、苦しくはない。

白井は、この時間が嫌いじゃなかった。
「……ねえ」

珍しく、白井の方から声を出す。

「……何?」

「心操はさ、人と距離を取るの、平気?」
心操は、すぐには答えなかった。

少しだけ考えてから、
静かに言う。
「慣れてる、だけだ」

否定でも肯定でもない。
事実としての言葉。

「……私も、そう思ってた」
白井は視線を落とす。

「距離を取るのは、自分を守るためだって」

心操は、何も言わずに聞いている。

「でも最近……」
言葉が、少しだけ詰まる。

「距離を取ってる“つもり”でも、近づいてる気がして」

それは、告白というほど重くない。
でも、確かに本音だった。

心操は、そこで初めて視線を逸らした。

——やっぱり。

胸の奥で、ずっと引っかかっていた違和感が、形を持つ。

「……白井」
名前を呼ぶ。

「お前、人を信用してないわけじゃない」

白井が顔を上げる。

「信用してる。でも――“踏み込ませない”線を、誰より深く引いてる」

白井は、何も言えなかった。
否定できない。

「俺も、似たような線を引いてきた」
心操は続ける。

「だから分かる。それは、弱さじゃない」
少しだけ、声が低くなる。

「……でもな」
心操は白井を見つめる。

「お前の線は、“誰も通さない”線じゃない」
静かな断定。

「選んでる。通す相手を」

その言葉が、胸の奥に、ゆっくり沈んでいく。

「……私は」
言葉を探す。
「誰かに話すつもりは、ないよ」

心操は、首を横に振った。
「今は、だろ」

否定しない。
でも、決めつけもしない。

「話すときが来るなら、無理に言葉を探さなくていい」
一瞬だけ、間を置いて。

「……ただ、一人で抱えなくてもいい」
それだけ。

それ以上、踏み込まない。
それが、心操なりの距離だった。
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