第3章 知られていくこと
校舎が見えてきたところで、
爆豪が少しだけ速度を落とす。
白井も、それに合わせた。
「……最近」
唐突に、爆豪が口を開く。
「無茶、してねぇな」
評価でも注意でもない。ただの確認。
「……してない」
そう答えると、
爆豪は鼻で息を吐いた。
「ならいい」
それだけ。
会話は続かない。
でも、妙に落ち着く。
「……毎朝、走ってるの?」
白井が、珍しく自分から聞いた。
爆豪は一瞬だけ視線を向け、
すぐに前へ戻す。
「昔からだ」
理由は言わない。
「……そう」
それ以上、踏み込まない。
この距離では、“聞かない”ことも、選択だった。
校舎の影に入る。二人の足音が、少し響く。
「今日は実習あるぞ」
「……知ってる」
「遅れんなよ」
「……分かってる」
短いやり取り。でも、それで十分だった。
玄関が見えてきて、自然と足が止まる。
爆豪は、グローブを外しながら言った。
「……この時間」
一瞬、言葉を探す。
「悪くねぇ」
それだけ。
褒め言葉にしては、ずいぶん不器用だ。
「……うん」
白井は、小さく頷いた。
爆豪はそれ以上何も言わず、先に建物の中へ入っていく。
残された白井は、朝焼けの空を見上げた。
——誰にも見せていない時間。
——誰にも踏み込ませていない距離。
それを、当たり前のように共有している相手がいる。
それは、安心とも、信頼とも、まだ呼べない。
でも、白井は思う。
——知られていく、というのは、
——こういうことなのかもしれない。
少しずつ。
静かに。
逃げ場を残したまま。