第2章 距離を、選ぶ
仮装敵役が現れる。
轟が氷で足場を整え、白井が間合いを詰める。
言葉は少ない。でも、ズレない。
「ここ、無理しない方がいい」
轟が、わずかに声を落とす。
「……了解。」
同時に引く。それだけで、連携は成立した。
演習終了の合図。
相澤の視線が二人に向く。
「安定していた。判断も連携も、問題ない」
評価は簡潔。でも、十分だった。
片付けをしながら、
轟が隣に立つ。
「お前、距離の取り方が、上手いな」
唐突な一言。
「?」
「近づきすぎない。でも、離れすぎない」
少しだけ言葉を選ぶように、続ける。
「俺は昔、“近づく”か“拒む”かしか、知らなかった」
白井は黙って聞く。
「今は……」
轟は視線を前に向けたまま言う。
「その間があるって分かる」
「……間」
「そうだ」
短く頷く。
「そこに立てる人は、強い」
褒め言葉なのに、飾りがない。
「……ありがとう」
自然に出た言葉だった。
「こちらこそ」
轟はそう返して、少し間を置く。
「無理に変わらなくていい。でも、選べるなら……」
一瞬だけ、言葉を探す。
「選べる距離は、増やしていい」
そう言って小さく笑った。
それは忠告でも、願いでもない。共有だった。
演習エリアの外。
少し離れた場所で、
爆豪勝己が腕を組んで立っていた。
視線の先にいるのは、
並んで歩く二人。
特別な距離じゃない。
べったりでもない。
――なのに。
「……チッ」
小さく舌打ち。
自分がきっかけで、あいつはクラスに馴染んだ。
それは事実だ。悪くない。むしろ、当然だ。
なのに――
轟と話している姿を見て、
胸の奥に、言葉にならないものが残る。
苛立ちでも、怒りでもない。
「……何だよ」
理由の分からないモヤモヤ。
視線を逸らし、背を向ける。
「別に、どうでもいい」
そう言い聞かせながら、足早にその場を離れた。
白井狼薇はまだ知らない。
轟との静かな共有が、
自分の“選べる距離”を一つ増やしたことを。
そして、
その変化を遠くから見て、
理由の分からない感情を抱いた人物がいることを。
それはまだ、
嫉妬でも恋でもない。
ただ――
前提が揺らぎ始めただけ。