第1章 転入生 白井狼薇という少女
昼休み前の、少しざわついた教室。
「狼薇、これ」
低い声。ノートが、机の上に置かれる。
爆豪勝己だ。
「……あぁ、どうも、、。」
「ここ、計算違ぇ。また敬語。」
指で示される箇所。距離が近い。
白井は、反射的に口を開いた。
「……勝己、それ――」
一瞬。教室の音が消えた。
「…………は?」
勝己が、ゆっくり顔を上げる。
白井は、自分が何を言ったのかを理解して、
一拍遅れて固まった。
「……あ」
言い直そうとした、その瞬間。
「今、なんて言った」
低い声。怒っているわけじゃない。
でも、確実に“刺さっている”。
周囲も、完全に止まっていた。
「え?」
「勝己って……?」
「苗字飛ばした!?」
上鳴電気が、目を見開く。
切島鋭児郎は、口を押さえて笑いを堪えている。
白井は、耳まで熱くなるのを感じた。
「……間違えた」
小さく言う。
「いや、間違えてねぇだろ」
勝己は視線を逸らし、乱暴にノートを取り上げた。
「……呼んだな」
「……」
否定できない。
「呼び捨てじゃなくて、いきなり名前かよ」
呆れたような、でもどこか落ち着かない声。
「……嫌なら、やめる」
正直な言葉だった。
距離を詰めすぎた自覚はある。一線、越えた。
「……別に」
即答。
「嫌とは言ってねぇ」
それが、余計に心臓に悪い。
「ただ――」
一歩、近づく。
「簡単に呼ぶな。その名前」
低く、抑えた声。
白井は、視線を上げる。
「……じゃあ」
一瞬、間を置いて。
「……勝己」
もう一度。
今度は、はっきり。
勝己の肩が、ぴくりと動いた。
「……チッ」
顔を背ける。
「……慣れねぇ」
それだけ言って、自分の席に戻っていった。