第1章 転入生 白井狼薇という少女
「敬語、戻ってんぞ」
爆豪が、小さく言う。
「……気をつける」
また、敬語。
「戻ってる」
「……気をつける、って言った」
言い直す。
爆豪は、満足そうに鼻を鳴らした。
「最初はそれでいい」
意外と、無茶は言わない。
「癖は、簡単に抜けねぇからな」
その言葉に、白井は少しだけ驚いた。
――分かってる。
それが、意外だった。
授業が始まり、いつもの日常が流れ出す。
けれど、
“呼び方”だけが、確実に変わった。
「狼薇、ノート見せろ」
「……え、今?」
「聞こえなかったか?」
「……分かった」
素直に渡す。
また、ざわつく。
「完全に特別枠じゃん」
上鳴がひそひそ言う。
白井は、居心地の悪さと、
ほんの少しの温かさを同時に感じていた。
――距離を取ってきた。
――でも、勝手に詰められた。
それなのに、
拒みたいとは思わなかった。
白井狼薇はまだ知らない。
敬語が抜けきらないことも、
呼び捨てにされることも、
すべてが――
“夢を見る側”から
“関係の中に立つ側”へ進んでいる証だということを。
そしてA組のみんなも、
二人の間に生まれた小さな変化を、
確かに見逃さなかった。