第6章 揺れる日常、進む背中
朝の寮。
カーテン越しの光が、白井の部屋に静かに差し込んでいた。
目は覚めているのに、
身体が、なかなか起き上がれない。
——まだ、残っている。
昨夜の感覚が。
「……」
布団の中で、
ゆっくりと息を吸う。
すると、思い出してしまう。
文化祭の喧騒。
人混みの中で、
突然掴まれた手首。
そして——
引き寄せられた瞬間。
爆豪の胸に、顔が埋もれるほど近かったこと。
背中を包んだ腕の強さ。
逃がさない、という力。
「……」
胸の奥が、
きゅっと締めつけられる。
——怖く、なかった。
それどころか。
——安心した。
「……どうして」
小さく呟く。
危険だったわけじゃない。
人混みが、完全に引くまでの時間。
それなのに。
——離してほしくなかった。
そう気づいた瞬間、
胸が熱くなる。
布団の上で、
無意識に胸元を押さえた。
「……勝己」
名前を呼ぶと、
昨夜の声が重なる。
『離す理由が、ねぇ』
ただの言葉なのに、
どうしてこんなにも残っているのか。
「……」
文化祭での笑顔。
屋台の灯り。
手を繋いで歩いた時間。
そして、
帰り道。
危険なんて、
もうなかったはずなのに。
それでも、
繋がれたままだった手。
——選ばれた。
そう、思ってしまった。
誰かの“ついで”じゃない。
理由をつけた行動でもない。
自分だから、だった。
胸の奥が、
じんわりと温かくなる。
同時に、
少しだけ怖くもなる。
——この気持ちに、
名前をつけたら。
——もう、戻れない。
でも。
「……嫌じゃない」
小さく、はっきりと。
むしろ、
大切に抱えたいと思った。
ベッドから起き上がり、
窓を開ける。
朝の空気が、
肺いっぱいに広がる。
新しい一日。
でも、
心はもう、昨日とは違っていた。
爆豪の抱擁は、
ただの出来事じゃない。
——心に触れられた。
その事実を、
ようやく受け止め始めた朝だった。
白井は、そっと胸に手を当てたあと、
ゆっくりと身支度を始める。
今日、
彼に会ったら。
——どんな顔で、
話せばいいのだろう。
答えはまだ、出ない。
でも。
この熱だけは、
確かだった。