第6章 揺れる日常、進む背中
訓練後。
更衣室を出た白井は、一人で体育館の裏に座り込んだ。
——できなかった。
自分の手を見る。
「……」
震えてはいない。でも、心が重い。
——向いてないのかもしれない。
そんな考えが、頭をよぎった、その時。
「……何一人で凹んでんだ」
低い声。
顔を上げると、爆豪が立っていた。
「……見てた?」
「全部な」
容赦ない答え。
白井は、視線を逸らす。
「……失敗した」
「……知ってる」
爆豪は、隣に腰を下ろす。
「でもな、ありゃぁ、無理したせいだ。能力が足りねぇ失敗じゃねぇ」
白井は、少しだけ驚いた顔をする。
「……焦ったろ。助けなきゃって、先に出たな、」
図星だった。
「それ、悪いことじゃねぇ。でもな、」
拳を握る。
「一人で背負うな。判断は、連携だ」
白井の胸に、じんわりと言葉が染みる。
「……ありがとう」
爆豪は、立ち上がった。
「夜、勉強すんぞ。来い」
命令みたいで、でも拒否の余地はない。
夜の寮。爆豪の部屋。
机の上には、
過去問とノートが広がっている。
「……ここ」
爆豪が、問題文を指す。
「引っかけ。状況判断の優先順位、間違えてる」
白井は、ペンを持つ手を止める。
「……あ」
「訓練と同じだ」
爆豪が言う。
「一個に集中しすぎると、周りが見えなくなる、だから」
ペンを持つ手が、白井の手の上に重なった。
「ここを見る」
一瞬。指先が、触れ合う。
白井の呼吸が、わずかに乱れる。
「……っ」
爆豪も、一瞬だけ動きを止めた。
でも、離さない。
「……悪い」
小さく言う。
「……ううん」
白井は、首を振った。
「……大丈夫」
その言葉に、爆豪はゆっくり手を離し、部屋に静かな空気が落ちる。
でも、気まずさはない。
「……なあ」
爆豪が、低く言う。
「今日の失敗、俺は、無駄だと思ってねぇ」
白井は、ゆっくり顔を上げる。
「……明日も、やれよ。できる」
断言だった。
白井は、小さく笑った。
「……うん」
その夜、二人は遅くまで机に向かった。
問題を解いて、言葉を交わして、時々、沈黙する。
触れ合った指先の感覚は、消えないまま。
——失敗しても、離されない。
それを知っただけで、今日の意味は十分だった。
文化祭も、仮免も。そして二人の距離も、もう、戻れないところまで少しずつ近づいていた。
