第1章 転入生 白井狼薇という少女
更衣室は、少し蒸していた。
シャワーの音と、誰かの笑い声が混ざる。
実技が終わった直後の、いつもの光景。
けれど、白井狼薇にとっては、少しだけ息のしにくい場所だった。
視線が多い。悪意はない。
それが、逆に難しい。
「白井ちゃん、さっきの実技すごかったね!」
声をかけてきたのは芦戸三奈。
タオルを肩にかけながら、いつもの明るさで言う。
「ギリギリだったけど、判断早かったじゃん!」
「……ありがとうございます」
短く返す。
鏡越しに、自分の表情を確認する。
いつも通りだ。崩れていない。
「ねえねえ」
今度は麗日お茶子が、少しだけ声を落とした。
「さっきさ、ほんの一瞬だけど……」
言葉を探すように、視線が泳ぐ。
「白井ちゃんの個性って、どんなの?」
その一言で、更衣室の空気が少し変わる。
誰かが悪気なく、
誰かが興味本位で、
誰かが“ヒーロー科として当然の疑問”として。
「……」
狼薇の指が、ロッカーの取っ手を強く握る。
答えなければいけない。
でも、全部は言えない。
沈黙が長くなりすぎる前に、
八百万百が、やんわりと補足する。
「無理に詳しく、という意味ではありませんの。
ただ……私たち、チームを組むことも多いですから」
正論だ。誰も責めてはいない。
白井は一度、息を吸った。
「……身体の一部を、変化させる個性です」
それだけ。
「へえ!」芦戸が目を輝かせる。
「じゃあ、近接戦闘タイプ?」
「……状況によります」
言葉を選ぶ。
選びすぎて、削れていく。
「強そうだねぇ」お茶子が、素直に言う。
強い。その言葉が、胸の奥で小さく軋む。
悪気はない。
本当に、ただの会話。
白井は一瞬だけ、視線を落とした。
「……使いすぎると危険あので、制御が…必要です」
それ以上は言わない。
空気を察したのか、
蛙吹梅雨が静かに言った。
「教えてくれてありがとう。無理しなくていいのよ。」
救われる言葉だった。
「うん!」
お茶子も笑う。
「また今度、話せるときでいいよ!」
会話は、そこで自然に流れていく。
誰も深追いしない。
それが、A組の優しさだった。