第5章 まだ言葉にしない夏
白井は、
ゆっくりと過去を語り始める。
両親のこと。
個性の暴走。
施設での時間。
感情を乗せすぎない。
でも、嘘もない。
心操は、
一度も口を挟まない。
ただ、
逃さずに聞く。
話が終わる頃、
夜はさらに深くなっていた。
「……これが、私の過去」
白井は、静かに言った。
「全部、知ってほしかったわけじゃない……でも」
少しだけ、声が揺れる。
「知っても、ここにいてくれる人がいるって、思いたかった」
⸻
心操は、
ゆっくり息を吐いた。
「……ありがとう」
短く、
でも重い一言。
「話してくれて」
それから、
少しだけ間を置いて。
「……俺は」
言葉が、喉で止まる。
——伝えたら、
何かが変わる。
——変えたくない。
胸の奥で、
ようやく自覚する。
——想ってた。
それは、
恋と呼べるほど
はっきりした形じゃない。
でも、
大切にしたい感情だった。
「……俺は」
心操は、
言葉を選び直す。
「一番の理解者でいる」
視線を逸らさずに。
「それは、これからも変わらない」
告白は、しない。
約束だけを、残す。
「隣で、お前が前に進むのを見てる必要なら、止めるし、叱るし、
話も聞く。……それでいい」
白井は、
少し驚いた顔をしてから、
微笑んだ。
「……うん」
それだけで、
十分だった。
⸻
二人は、
しばらく並んで座る。
言葉は、もういらない。
「……ありがとう、心操」
「……どういたしまして」
その声は、
いつもと同じ。
でも、
心操の胸の内は、
少しだけ変わっていた。
——伝えない。
——奪わない。
——見守る。
それが、
自分の選んだ役割。
そして、
誇れる選択だと、
彼は思えた。
⸻
夜が、
静かに更けていく。
恋を胸にしまった男と、
過去を預けた少女。
二人の関係は、
名前を持たないまま、
確かな形で続いていく。
それは、
きっと――
壊れない距離だ。