第5章 まだ言葉にしない夏
数歩進んだところで。
「おい」
低く、ぶっきらぼうな声。
腕を掴まれる。
「……え?」
振り向いた瞬間、
爆豪の顔が、
すぐ近くにあった。
「……話、終わったな」
「……うん」
爆豪は、少しだけ眉を寄せる。
「なら」
一拍も置かずに言う。
「夏休み、どっか俺と出かけろ」
「……え?」
あまりに唐突で、
白井は目を瞬かせた。
「別に、遊びじゃねぇ」
言い訳のようで、
でも目は逸らさない。
「気晴らしだ」
「寮、息詰まるだろ」
理由は後付け。
本音は、
もっと単純だ。
——隣にいたい。
「……二人きり?」
「当たり前だろ」
即答。
「……嫌なら、いい」
一瞬だけ、視線を逸らす。
でも、
引く気はない。
白井は、少し迷ってから言った。
「……嫌じゃない」
爆豪の目が、
わずかに見開かれる。
「……行く」
短い返事。
「ただし」
一歩、距離を詰めて。
「無理は、しない」
爆豪は、鼻で笑った。
「分かってる」
それだけ言って、
踵を返す。
「日にちは、後で言う」
命令みたいな宣言。
でも。
背中は、
どこか軽かった。
⸻
廊下に一人残り、
白井は小さく息を吐く。
——轟の静かな想い。
——爆豪の直球すぎる誘い。
どちらも、
逃げずに向けられた感情。
胸の奥が、
少しだけ忙しい。
こうして夏は動き出した。
“話す日”へ向かう心操。
“並ぶ覚悟”を決めた轟。
“行動してしまう”爆豪。
そして、
その中心にいる彼女は、
まだ愛を受け入れる準備ができていない。